
2024年3月末の経過措置終了までに、すべての事業所・施設は対応できるのか──厳しさの漂う結果となりました。2021年度改定で運営基準に定められた「業務継続に向けた取組み」についてです。厚労省の今年7月時点での調査では、業務継続計画(BCP)の策定完了は3割に満たない数字です。
BCP策定完了が「年明け」にずれ込むと…
9月21日の介護報酬改定検証・研究委員会で示されたデータを、改めて確認します。「策定完了」している事業所・施設は、感染症BCPで29.3%、自然災害BCPで26.8%。「策定中」という回答はともに5割を超えていますが、「策定完了」の3割以上が「策定期間6か月程度」なので、完了が年明けとなるケースも一定程度生じる可能性があります。
対応完了が「年明け」となる場合、2024年度改定に向けた対応のタイミングと重なります。LIFE対応の拡大や対医療連携の強化などが想定される中、経過措置終了による完全義務化への対応も加わるとなれば、事業所の実務上のキャパシティは限界に達しかねません。
加えて注意したいのは、2021年度改定で求めているのが「BCP策定」だけではないことです。そのBCPの従事者への周知、BCPにもとづいた研修・訓練の実施などが求められます。経過措置終了までにどこまで手掛ければいいのか(実際に研修等の実績が必要なのか、実施のための体制・計画が整っていればいいのか、など)は、疑義解釈の対象になってくるかもしれません。いずれにしても、年明けからは、日々の利用者対応などの平常業務にも影響を与えかねないでしょう。
未対応事業所等に強硬な措置がとられた場合
仮に、予定通り経過措置が終了するとして、未対応のままの事業所・施設に対する措置はどうなるのでしょうか。何らかの行政指導・処分のほか、完全義務化に合わせた減算規定などが設けられることも考えられます。
しかし、強硬な措置が取られた場合、「現場の人員不足でとても対応が回らない」という(特に小規模の)事業所・施設にとって、事業の撤退や閉鎖を加速させる引き金となってしまう恐れもあります。2021年度改定時では十分に想定されなかった物価高騰や他産業の人件費上昇という要因が、事業所等の経営の足腰を弱めている現状があるからです。
一方で、経過措置を延長した場合、すでに対応を完了している事業所等にとっては、「せっかく間に合わせるために努力したのに納得できない」という反発も生じがちです。こうした反発を無視するのか、それとも「早期対応」を図った事業所に報酬上で何らかの評価を行なうのか。介護給付費分科会では、こうした対応の議論も持ち上がりそうです。
都道府県や市町村はどのように動くのか?
カギとなるのは、やはり都道府県や市町村などの行政側の対応でしょう。今調査では自治体対象の調査も行われていて、BCP策定等に向けた研修の実施や相談受付、助言などが一定程度行われている状況がうかがえます。
この行政側の対応について、年明け時点で未対応の事業所・施設に集中させた新事業などが設定されるかもしれません。たとえば、現場に担当者を派遣し、いわゆる「伴走型」で対応の促進を図るといった具合です。
もう1つは、未対応の事業所等への「啓発」のあり方です。たとえば、自然災害のBCPでは、緊急時に対応体制や利用者・職員の安否確認、施設内外での避難場所・方法などがガイドラインに示されています。これらは、災害の規模等によっては、利用者・職員の生命・安全の確保に直結する場合もあるでしょう。
最悪のケースとして、利用者や職員が命を落としたり重傷を負った場合、本人や遺族が事業所・施設側の責任を追及することも考えられます。仮に裁判などで争われるとなれば、BCP策定やそれに沿った取組みの記録などが、事業所・施設側の事前対応を証明する証拠資料となる可能性もあります。
そうした、いざという時の事業所等や働く職員を「守る」ためのものであるという「啓発」にも力を入れる必要がありそうです。
「自己責任論」が誘発されるという懸念
もっとも、こうした「啓発」だけは単なる「自己責任論」につながる恐れもあります。介護保険は社会保険制度であり、利用者が安全にサービスを受け、職員の安全な労働環境が守られるというのは、本来は国や自治体の責務です。その責任を「業務継続への対応を行なっているか否か」で、現場に丸投げするとなれば、それは、利用者のみならず現場の制度への信頼を大きく揺るがしかねません。
その意味では、先のような「啓発」だけを進めることは慎重を要します。やはり、先の「伴走型」の支援を通じて、「いざという時」のリスクを国、地方行政、現場がきちんと共有できる環境を築くことが最優先となります。
その際には、BCP策定等のネックである(調査では、自治体側も課題として強く認識している)「必要な人員・時間の確保」に向けた対策をセットで考えることが欠かせません。国としては、現場の足腰の弱体化をきちんと認識しつつ、「経過措置の延長」に躊躇しないという覚悟が必要なのかもしれません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。