「小出し」の処遇改善では効果薄。 これまでの反省を踏まえた抜本対策を

今月末に政府がまとめる経済対策では、介護従事者の処遇改善に、現場のみならず社会全体の注目が集まっています。一部報道で「月6000円アップ」という数字も出る中、本当にそのレベルにとどまるのか。どのレベルであれば、危機的な人材不足解決へ道筋が開けるのか。さまざまな視点で掘り下げます。

平均賃金、全産業との溝はまだまだ大きい

改めて厚労省の賃金構造基本統計調査を見ると、2022年の全産業の月あたり平均賃金(時間外勤務手当等の超過労働給与額を除く)は、31万1,800円です。急速な物価上昇にともない、この平均賃金も対前年比で1.4%増と2015年以来の伸びとなっています。

対して、介護従事者については、2022年12月時点での平均基本給等(毎月支給される手当含む。つまり超過労働給与額は除く)が、介護職員で24万790円、ケアマネで28万700円となっています(2022年度介護従事者処遇状況等調査より)。全産業の平均賃金と比較すると、介護職員で約7万円、ケアマネで約3万円の差が生じていることになります。

こうした中で、一部報道で出た「月6000円アップ」という数字を見れば、労働組合の記者会見で「とてもじゃないが追いつかない」という見解が出るのも当然でしょう。上記の差は、そのまま有効求人倍率の差(全産業で1.17倍に対し、介護サービス職業従事者3.94倍─一般職業紹介状況2023年8月分より)に現れているといえます。

これまでの処遇改善策を振り返ってみると

こうした状況を踏まえて介護人材不足の解決を目指すのなら、政府として相当な覚悟が必要でしょう。というのは、過去の例を見ても分かるとおり、「小出し」の上乗せ策で人材不足の改善を図るのは極めて困難だからです。

介護業界の有効求人倍率は、リーマンショック直後の2010年に1.31まで低下しましたが、その後の景気回復ともに上昇し始めます。2012年に処遇改善交付金が報酬に組み込まれて月6000円の賃金アップが図られましたが、その翌年の有効求人倍率は1.82となり、施策とはうらはらに急上昇が始まります。

その急上昇の最中の2015年度は、介護報酬の改定率は過去2番目の引下げとなりました。その際、処遇改善加算は拡充されて、月1万3000円の賃金アップも図られました。しかしながら、全体の報酬引下げが大きすぎたこともあり、その翌年の有効求人倍率はついに3倍台に。介護労働安定センターの介護労働実態調査でも、人材の不足感(大いに不足+不足+やや不足)が6割に達しました。

過去の「努力」の継続では乗り越えられない

その後も、2017年度には臨時の期中改定により、さらに処遇改善加算の拡充により月1万4,000円の賃金アップが図られましたが、その翌年の有効求人倍率は3.9倍に。2019年10月には、やはり期中改定で特定処遇改善加算が誕生。その際の賃金アップは月1万8,000円でしたが、有効求人倍率はコロナ禍があったものの約4倍に高止まりました。

こうして見ると、処遇改善加算を少しずつ上乗せしているにもかかわらず、皮肉にも有効求人倍率は逆に上昇傾向を続けてきたわけです。いったん有効求人倍率や現場の人手不足感が落ち着いたのは、処遇改善の効果というよりコロナ禍の影響が中心と言えます。

今、政府に必要なのは、この過去の状況に向き合い、「小出し策では効果は上がらない」という反省に立つことではないでしょうか。厚労大臣は「(賃金アップに向けて)努力し続けることが必要」と述べていますが、これまでの「努力」を継続するだけでは、現状の危機を乗り越えることはできないという認識がどこまであるのかが問われています。

介護業界を目指す層にアピールできているか

そもそも「人材不足の解決」に向けて、現任者の処遇にテコ入れするだけでは、施策目的と手段にどうしてもズレが生じがちです。

なぜなら、現状の人材不足の主な要因は「新規の人材の採用が難しい」という点にあるからです。大切なのは、これから介護業界を目指すという人に対し、「日々の生活に四苦八苦せずに、キャリアアップに集中できるか」をはっきりイメージさせることにあります。

たとえば、高校生が在学の3年間で進路を明確にするという時間の流れを考慮すれば、3年で全産業平均との賃金ギャップを埋めるといった道筋を示すことが必要でしょう。たとえば「3年計画」としてうえで、1年につき月2万円の賃金アップを図り、それを3年続けて6万円アップにするという具合です。

もちろん、「それでは介護保険料が高騰してしまう」という懸念も生じるでしょう。ならば、前もって介護保険法を改正し、公費の財源割合を大幅に引き上げるという道筋が考えられます。政府としては相当なエネルギーを要することになりますが、本来であればその準備を進めて、国民的なコンセンサスをていねいに図るべきだったのではないでしょうか。

ところが、処遇改善加算のその時々の上乗せという「小出し」策で(つまり、政府内の予算編成の範囲で)しのぐという一種の場当たり的な対応に終始してきた──これが、今の深刻な状況につながっているといえます。

今からでも遅くはありません。介護離職が日本経済の大きな足かせになる状況が明確になりつつある中、今こそ中長期的視野に立った大手術が必要な時かもしれません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。