今改定で一気導入の「生活・認知機能尺度」。 その拙速さがもたらすリスクに注意。

2024年度改定では、厚労省への情報提供および多機関との情報連携に関して、新たな様式も数多く誕生しています。中でも、現場での習熟が要されるものに「生活・認知機能尺度」があります。この尺度の活用については、注意すべき点もいくつか考えられます。

複数の加算にスピード導入された新指標

「生活・認知機能尺度」については、2023年3月の老人保健健康増進等事業の成果物を2024年度改定から採用するというスピード対応となりました。そのため、現場での習熟期間が短いという点が懸念されるところです。

この「生活・認知機能尺度」については、施設・居住系等に新設された「生産性向上推進体制加算」における「テクノロジー等の導入による利用者のQOL変化(I・IIともに対象)」を測定する指標の1つとなっています。

利用者のQOL評価については、当初「WHO-5(精神的健康状態表)」が示されていましたが、ここに「生活・認知機能尺度」が加わりました。WHO-5による評価を補完するという位置づけです。

この生産性向上推進体制加算については、特にIIの算定での各種指標による実務負担やアウトカム評価というハードルの高さから、「自事業所・施設としては当面様子見」というケースも多いかもしれません。ただし、注意したいのは、この「生活・認知機能尺度」の活用機会が定められているのは、生産性向上推進体制加算だけではないという点です。

ケアマネの入院時情報提供書等にも反映

たとえば、LIFE対応加算の中でも多くの現場が算定している「科学的介護推進体制加算」でも、情報提供が必須とされた新様式に「生活・認知機能尺度」が示されています。

科学的介護推進体制加算においては、認知機能の評価指標として改定前から「DBD13」や「Vitality Index」があります。ただし、前者の提出は任意、後者も1項目を除きすべて任意提出です。新たに設けられた「ICFステージング」も、やはり提出は任意です。これらと比較して、今回の「生活・認知機能尺度」がいかに重視されているかがわかります。

また、以前のニュース解説でも述べたように、居宅ケアマネがかかわる「入院時情報連携加算」や施設・居住系の「退所・退居時情報提供加算」における情報提供書に、「認知機能の状況」欄が新設されました。この評価項目も、よく見ると先の「生活・認知機能尺度」に準じていることがわかります。

つまり、多くのサービスにかかわる評価指標であり、将来的(2027年度改定以降)には、運営基準や加算算定においてさらに活用範囲が広がる可能性も大いにあるでしょう。

7つの質問項目について各5段階で評価

この「生活・認知機能尺度」の内容を、改めて確認しましょう。調査項目は7つあり、それぞれに5段階で評価するしくみです。

A.身近なもの(メガネや入れ歯、財布、上着、鍵など)を置いた場所を覚えていますか。

B.身の回りに起こった日常的な出来事(食事、入浴、リハビリや外出など)をどのくらいの期間、覚えていますか。

C.現在の日付や場所等についてどの程度認識できますか。

Ⅾ.誰かに何かを伝えたいと思っているとき、どれくらい会話で伝えることができますか。

E.一人で服薬ができますか。

F.一人で着替えることができますか。

G.テレビやエアコンなどの電化製品を操作できますか。

いずれも、利用者に対して直接質問する形式になっています。実際、生産性向上推進体制加算の解釈基準でも、「利用者自身で調査に回答できることが可能な人」を前提に、5名程度選んで行なうとしています。

評価者への研修が不十分で起こりうること

問題は、こうした質問を「された側」の心理です。たとえば、認知症の人にこうした「できるか否か」的な質問をすることは、それ自体精神的に負担となり、最悪の場合、BPSDの悪化につながる可能性もあります。

認知症がない人であっても、人によっては「尊厳を傷つけられる」という感情が生じることもあるでしょう。このあたりは、対象者の心情に十分に配慮しないと、場合によっては心理的虐待にもつながりかねません。

こうした懸念から、職員が利用者の状況を観察したり、遠まわしの会話などから状況を把握するというやり方を取るとします。この場合でも、利用者との関係性に「いつもと違う空気」が入り込むことがあります。こうした空気を認知症の人が敏感に察知した場合、やはり心理状態を不安定にさせる恐れもあります。いずれにしても、こうした「利用者票の活用」では、質問者・評価者に十分な研修をほどこすことが不可欠です。

厚労省としては、認知機能を評価するうえでの有効な指標が誕生したことで、すぐにでも現場に普及させたい──という思惑があるかもしれません。しかし、現場での習熟の土台をしっかり整えないまま、拙速な導入を図ることは、それ自体「利用者や職員に大きな負担をかけ、現場のケアを混乱させかねない」というリスクを認識すべきでしょう。

今改定では、たとえば認知症の人のBPSD悪化を防ぐ取組みの評価も誕生しています。そうした取組みを阻む要素を、制度自体が投入していないかどうか。制度が複雑化するほど、施策者自身の振り返りが欠かせません。

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◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。