
東京商工リサーチが公表した2024年1~5月の「老人福祉・介護事業」の倒産状況は、過去最速ペースを記録する衝撃的な数字となりました。注意したいのは、経営的な苦境が際立つ訪問介護だけでなく、通所・短期入所、有料老人ホームも含め、あらゆるサービスの倒産が最速ペースとなっていることです。
倒産予備軍にとって今改定が「引き金」に
1~5月で倒産件数「72件」という数字は、全国の事業所・施設の総数からすればわずかです。しかし、こうした数字においては、「氷山の一角」であるという見方が欠かせません。
倒産件数は、対前年同期比で約75%の伸びとなっています。各種調査で、訪問・通所介護での赤字事業所の割合は約5割ですが、その増大も比例していると考えるのが自然でしょう。当然ながら、倒産・撤退の予備軍は水面下で想像以上に膨らんでいると見られます。
ちなみに、先の「72件」という数字ですが、1~4月の倒産件数が「51件」だったので、2024年度改定後の1か月で「21件(41%)」増加したことになります。それまでの物価上昇や他産業の賃金上昇の影響を受けているとはいえ、やはり報酬改定の影響が大きいことは容易に推察できます。言い換えれば、先に述べた「予備軍」にとって、今改定が倒産・撤退の引き金になったと見ていいでしょう。
従事者が重視する「自分たちの社会的価値」
そもそも介護報酬改定については、その時点での実質的な収益の影響という以上に、業界に与える強いメッセージ性が含まれています。つまり、国が介護事業にどの程度の社会的価値を認めているかというバロメーターの役割も果たしていることになります。
たとえば、訪問介護の基本報酬が引下げとなった時、国は、「新しい処遇改善加算における加算率」を最も高く設定したことをアピールしていました。しかし、それは「当面の従事者の賃金アップ」という事業運営の一面にスポットを当てたに過ぎません。
現場従事者にしてみれば、先の見えない物価上昇の中で、一時的かつ限定的な賃金アップをポジティブにとらえるのは限界があります。それよりも「自分たちの社会に対する貢献度が認知されているのかどうか」、それにより「その業界で長くキャリアを高めることが期待できるのかとうか」を注視しています。
それに応えるメッセージが伝わらなければ、その業界を目指そうというモチベーションはなかなか高まりません。労働市場の現場に近い事業者としても、「これ以上、地域ニーズに合った人材を集めることは不可能」という見切りをつけやすくなり、結果として事業を継続する展望を見失うことになります。
地域によってはすでに資源不足が深刻化
冒頭で述べた通り、倒産件数の急増は訪問介護にとどまっていません。今回の訪問介護に与えたメッセージは、通所・短期入所等にも「将来的に介護事業全体に波及する」という捉え方につながった面もあるでしょう。
もちろん、現役世代も含めた保険料で成り立っている介護保険財政という点を考えれば、メッセージ性という明確な数字になりにくい部分のために報酬を引き上げるのは、社会的に承認されにくいと考えがちです。
しかし、地域によっては、すでにサービス資源が足りない状況は現実となりつつあります。国は「介護業界の魅力発信」に力を入れていますが、そこに報酬改定という「実」が伴わない限り、今の状況では労働市場に幅広く訴えることは困難です。
国としては、この報酬改定がもたらすプラスのメッセージをいかに「見える化」するかという点に、力を入れるべきではないでしょうか。財源の問題が付きまとう中では、改めて財源構成の見直し(公費負担割合の増大など)にも踏み込む必要も浮上するでしょう。
国全体の財政問題という点でハードルは高いですが、少なくとも「これから国の進むべき方向」における重要論点としてかかげること自体が、業界、労働市場、そして被保険者等に幅広く訴えるメッセージとなります。
2027年度改定は先だが、今こそ重要な転機
そもそも「介護」という課題は、現代日本において、国民生活の隅々にまでおよんでいます。産業界全体の就労年齢が上がる中で、ビジネスケアラーに該当する層が拡大し、わが国の経済成長を阻害する要因となること。家族の介護力低下のしわ寄せが若年層にもおよび、ヤングケアラーを増大させること。
いずれも社会全体の大きな難局となり、そのことは10年ほど前から見すえることはできたはずです。その時から、介護報酬の持つメッセージの重要性を骨太の方針等へと明確に位置づけ、財源構成のあり方についても本格的な議論(介護保険部会だけでなく、内閣府主導による検討の推進)に踏み込んでいれば、「必要な介護資源の消滅」が現実となるような危機は回避できたのではないでしょうか。
今後は、(1)応急手当となる補正予算による期中改定、(2)財源構成も含めた介護保険法の見直しといった流れも予想されます。こうした動きが強まれば、2025年には夏に参議院、遅くとも秋には衆議院の各選挙も行なわれる中、大きな論点の1つとなるかもしれません。
次期改定となる2027年度までには時間がありますが、介護保険制度をめぐる動きは、この夏から急加速することが予想されます。現場としても、職能・業界団体を通じて大きく声を上げる機会ととらえたいものです。
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◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。