認知症施策推進基本計画策定により 介護現場にはどのような影響がおよぶ?

政府の認知症施策推進関係者会議で認知症施策推進基本計画案が示され、今年秋の閣議決定が目指されています。同計画案は、2023年に成立した「共生社会の実現を推進するための認知症基本法(以下、基本法)」での政府の取組み義務に則るものであり、今後の医療・介護施策のあり方にも大きな影響を与えます。

国会制定法にもとづく基本計画の影響力

介護施策との関連で言えば、認知症の人が住み慣れた地域で希望に沿った生活ができ、自らの意向が十分に尊重されるよう、「居宅、介護事業所・施設、医療機関において、必要な医療・介護の提供が可能となる体制整備」の推進が明記されています。

これに関連し、同計画での重点目標のアウトカム評価では、「認知症の人の希望に沿った保健医療サービスおよび福祉サービス(当然、介護サービスを含む)を受けていると考える認知症の人の割合」がかかげられています。

つまり、認知症の人とその家族という当事者の視点から、「適切なサービスが受けられる体制が整備されている」という実感を施策上の評価に位置づけたことになります。国会で制定された基本法にもとづく施策評価となる点では、関連するサービス基盤整備にかかる予算編成、もっと言えば報酬設定で強く考慮されなければならないという位置づけです。

当時者の意向に沿った介護等サービスの拡充

今回の基本計画で、本当にそれだけの強い影響力が期待できるのか──介護サービス等の具体的な整備目標などが示されていない中では、懐疑的な人も多いかもしれません。

ポイントは、都道府県や市町村(保険者)において、国が定める基本計画に則って地域ごとの計画策定が求められることです。この地域ごとの計画については、介護保険事業計画(あるいは支援計画)との調和が保たれていなければなりません。また、地域ごとの認知症基本計画との一体的な策定を進めることも「差し支えない」としています。

これにより、自治体ごとの必要なサービス量の推計に際して、先のアウトカム評価との関連で「認知症の人の希望に沿ったサービス量が確保されているかどうか」が問われることになります。国の予算編成は先行しますが、やはり当事者の意向に沿ったサービスの拡充を念頭に置くことが不可欠となるでしょう。

介護関連の審議会でも当事者参加が広がるか

詳細な介護給付の内容をめぐっても、今回の政府の基本計画に則れば、介護保険部会や介護給付費分科会の動きも変わってくる可能性があります。というのは、基本計画において、認知症の人と家族等が「認知症施策の立案から実施、評価に至るまでのプロセスに参加すること」を位置づけているからです。

現在でも、当事者団体として認知症の人と家族の会が各種分科会に委員として参加していますが、「認知症の本人」を含めた参加者・団体の範囲・数を増やすという動きが出てくるかもしれません。そうなれば、当事者が求めるサービス基盤の確保という観点がより強化され、介護人材確保に必要な報酬設定の議論も左右することになりそうです。

ただし、注意すべきなのは、「(サービス基盤拡充のために)報酬を引き上げるべき」という審議会側の声が高まりやすくなる一方で、改定率という大枠は財務省側との予算折衝に委ねられる比重が依然高いことです。

今回の基本計画についても、「良質かつ適切」なサービスが「切れ目なく提供されること」をうたってはいますが、介護保険サービスだけに照準を定めたものではありません。とらえ方によっては、当事者が実感できるレベルまでサービスの質を上げ、そこに報酬を集中させる──といった施策側のコントロールがつけやすい計画であるとも言えます。

介護現場にとっては、期待と不安が交錯⁉

となれば、基本報酬引き上げの条件として運営基準による義務化措置を増やし、加算によるインセンティブを図るという、従来と同様の手法が展開される可能性もあるでしょう。

たとえば、今回の基本計画から2027年度の介護報酬・基準改定に影響を与えそうな項目がいくつか見られます。特に注目したいのは3つ。(1)認知症の人の意思決定支援に関して、2018年に策定されたガイドラインの再策定(見直し)と、研修等を通じて活用促進を図ること。(2)BPSDに対する理解・対応向上を図るためのチームケアの推進。(3)(認知症の進行にも大きくかかわると言われる)難聴の早期の気づきと対応の取組み促進です。

(1)については、適切なケアマネジメント手法でも重点項目となっていますが、居宅介護支援をはじめ他サービスでも、新ガイドラインを活用した研修義務化などが想定されます。

(2)については、2024年度改定で認知症チームケア推進加算が誕生しましたが、その要件の一部(BPSD評価など)を運営基準で義務化し、加算の方は単位を引き上げるといった動きが出てくるかもしれません。

(3)は新たな対応となりますが、これも新たな加算(難聴者とのコミュニケーション強化を目指す難聴対応加算のようなもの)によって取組み強化が図られそうな部分です。

いずれにしても、今回の基本計画は、介護現場への期待とともに「新たな実務増」という不安も漂うものとなっています。今後の閣議決定と、それ以降の具体的な政策決定の流れに注意を向けることが必要です。

 

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。