1号被保険者数が初めて減少。 それでも認定者・受給者増の背景

2022年(令和6年9月12日)度の介護保険事業報告が示されました。第1号被保険者数や要介護(要支援)認定者数は2023年3月末時点の数字で、サービス受給者数はその年度の1か月平均となります。団塊世代が75歳以上となる直前のデータですが、介護保険をめぐる被保険者の「今」が浮かんできます。

例年とやや事情の異なる介護保険事業報告

こうしたデータで注目されるのは、「要介護(要支援)認定者やサービス受給者、保険給付が過去最高になった」という点でしょう。確かに、人口の高齢化にともなう「過去最高」という数字は、介護保険の持続可能性に関する大きな課題として取り上げられがちです。

ところが、今回はやや事情が異なります。というのは、第1号被保険者数(2023年3月末時点)が、介護保険がスタートして以降、対前年同期で初めて減少に転じたからです。0.1%減(4万人減)というわずかな減少ですが、長期にわたる「1号被保険者の増加」というトレンドからすれば、高齢者人口の動向という点でも大きな転換と言えます。

一方、そうした中でも要介護認定者数や受給者数、給付額が伸びているという点を考えた場合、今まで以上に「被保険者に何が起こっているのか」を掘り下げることが重要です。その際には、要介護認定者数と受給者の関係など「介護サービスが必要な人に資源がきちんと行き渡っているのか」という点にも目を凝らすことが求められます。

認定者数増は75歳以上の増加だけが要因か

冒頭で述べた通り、要介護(要支援)認定者数は過去最多となりました。対前年同期で0.7%増(5万人)の増加です。

1号被保険者が0.1%減にもかかわらず、認定者が増えているのは、同じ1号被保険者でも重度化リスクの高い75歳以上の年齢層が伸びているからと推測されます。75歳以上に限定した被保険者数は、対前年同期で4%増という大幅な伸びとなっています。1号保険者数全体の動向とは真逆といえます。

いわゆる団塊世代が75歳以上に達するのは、2023年からです。先の数字が2023年3月末時点の数字あることから、その状況がすでに反映されていると考えられます。となれば、被保険者数が減少する一方で、認定者数はさらに伸び続けるという現象が、今後はさらに顕著になっていくと予想されます。

ただし現状で見ると、75歳以上の認定率は対前年同期で0.8ポイントも減少しています。これは、「75歳以上になったばかりの人(まだ、重度化リスクが抑えられがちな人)」が一気に増えたという状況があると想定されます。つまり、重度化リスクが本格的に高まる前に分母が増えたという考え方もできるわけです。

ぎりぎりまで認定を受けない人が一定数?

しかし、本当にそれだけなのか──という点に、もう一度心を配るべきでしょう。たとえば、サービス受給者数を見ると、対前年度比で1.6%(10万人)増と大幅な伸びを示しています。あくまで2022年度の1か月平均なので、被保険者数や認定者数との単純比較はできませんが、認定者数の伸びと比較して受給者数の伸びの大きさが目立ちます。

先に「まだ重度化リスクが高まっていない人の増加」についてふれました。その場合、認定者の増加は一定程度抑えられることになります。しかし、受給者は伸びているという状況を見ると、別の仮説も浮かびます。

それは、数字以上に「ぎりぎりまで要介護認定を受けない」という層が一定程度あるのでは──ということです。そして、サービスニーズの高まりとともに、ようやく認定を受ける人が増えている様子がうかがえます。

「しかし、認定内容の割合を見ると、要介護度別の割合にそれほど大きな変化はない。ぎりぎりまで認定を受けないのであれば、重度者がもっと増えるのでは」と思われる人もいるかもしれません。注意したいのは、身体面・健康面・認知面での要介護度の高まりだけでなく、より広い視点で見た場合の「生活のしづらさ」が増している可能性です。

独居等の増加による制度へのアクセス困難も

その「生活のしづらさ」を生じさせている大きな要因は何かといえば、やはり独居や老々世帯が増えていることでしょう。こうした世帯の場合、課題となりがちなのは、何か生活上での困りごとが生じた際に、支援を求めるための手段や機関へのアクセスが思うようにいかないという状況です。

こうしたケースでアクセスを成り立たせるとなれば、通院・入院における医療機関からの「つなぎ」、あるいは民生委員や自治会を通じての「つなぎ」などが中心となりがちです。しかし、こうした「つなぎ」までには、どうしてもタイムラグが生じがちです。

軽度であっても一定の要介護状態にある場合、その状態が放置されれば、身の回りの生活のしづらさは広がっていきます。服薬や栄養状態にも支障が生じてくることもあります。総合事業ではなく、より専門職の介入を要する給付サービスのニーズが高まるわけです。

こうしたリスクが被保険者の間に広がっている…という見方も必要になるでしょう。これに対処するには、地域での「気づき」のレベルを高め、介護保険にどう「つなぐ」かというしくみを整えなければなりません。ぎりぎりまでのアクセス困難は、その後の急速な重度化と、それにともなう給付の増大につながりかねないといった分析も求められます。

 

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。