訪問介護は、廃止事業所数の急増で、地域のサービス基盤を大きく揺るがすレベルに達しています。その危機的状況に対し、厚労省の介護給付費分科会でも、2025年度予算の概算要求などによる対応策が示されました。こうした流れは、期中改定等での基本報酬の引き上げにつながっていくのでしょうか。
訪問介護の倒産・廃業はなおも増える状況に
今年9月、東京商工リサーチが公表した2024年1~8月の老人福祉・介護事業の倒産件数は、同時期としては初めて100件を超え、そのうち訪問介護が半数を占めています。
厚労省も介護給付費分科会で、自治体調査による訪問介護の廃止状況を示しています。
それによれば、人手不足・(ヘルパーの)高齢化等による廃止が、2024年3月時点で173件と対前年同月比で約34%増加しています。
その後の2024年6月は48件にとどまっていますが、年度変わりの直前で(介護報酬改定の状況なども明らかになる中で)多くの事業所が「運営の継続」に見切りをつけたことが見てとれます。ちなみに、2023年度時点でのヘルパーの採用率が16.8%まで上昇し、離職率は11.8%まで低下するなど、一見人手不足状況は改善されつつある状況も見てとれます。しかし、問題は稼動の状況です。
離職率は低くてもヘルパー1人の稼働は限界
ヘルパーのうち65歳以上の割合は21.6%で、(施設等の)介護職員の2倍です(2023年度介護労働実態調査より)。立地状況にもよりますが、高齢になると腰痛・膝痛リスクも高まります。移動距離・時間が増大する中での1日あたりの一定件数以上の訪問は厳しくなりがちです。体力面から訪問の効率化を志向するようになると、やはりサ高住等に併設する事業所に移るなどの傾向も高まるでしょう。
となれば、採用率が高い事業所は、そうした「訪問の効率化」ができているケースに偏りがちとなります。移動負担の多い事業所では、離職率が低くても、ヘルパー1人あたりの訪問件数は伸び悩むわけです。
過疎地等では特別地域加算等がありますが、人口密度の高い地域でも移動負担は小さくありません。都市部の渋滞や駐車スペース確保の困難さなどを考慮すれば、車両による移動はかえって訪問効率を下げることもあります。
いきおい自転車や徒歩による移動となりますが、昨今の気候変動による熱中症リスクの高まり(あるいはゲリラ豪雨など)等により、高年齢ヘルパーの健康・安全確保は、事業所にとってますます大きな課題です。
その点を考えると、現状の特別地域加算等では対応しきれないケースが多々あり、それをカバーする施策がどうしても必要です。
移動負担等を考慮すれば基本報酬上げは必然
このように利用者ニーズと就業安全の確保とのバランスにおいて、事業所のかじ取りは難しく、(サ高住等併設事業所に人員が移りやすい状況を考えれば)平均的な採用率は少なくとも25%はないと、現状のサービス提供の維持は困難でしょう。つまり、事業所のやり繰りは常にぎりぎりであり、潜在的な廃業予備軍はかなり高いと言わざるをえません。
仮に採用率を現状から10%上げるとするなら、サ高住等併設とそれ以外の事業所の区分を明確に分けたうえで、後者の「基本報酬」を10%近く引き上げる必要があるでしょう。
「基本報酬の引き上げ」というと、野放図な拠出拡大と取られがちですが、先に述べた「移動負担のコスト(ガソリン代やヘルパーの体力的な稼働限界など含む)」を丹念に把握すれば、根拠ある算定は可能なはずです。
また、かねてから問題となっている訪問系サービスの待機時間も論点に含めることも必要でしょう。そもそも待機時間を十分に考慮しなければ、正規雇用の促進にはつながらないわけで、この時点で新規参入を志す若年層の職業ビジョンにも沿わないことになります。
厚労省の概算要求は「土台の整備」に届くか
こうした課題を頭に入れたうえで、厚労省が示した概算要求に注目します。いわゆる「かかり増し経費」への支援という点では、「訪問介護等サービス提供体制確保支援事業」が該当する対策となりそうです。
たとえば、「経験が十分でないヘルパーへの同行訪問にかかるかかり増し経費」や「事務職員等の臨時的な雇用等に要する経費」などを対象とする案が示されています。これらも重要な支援ではありますが、いずれも先の「移動負担」や「待機時間」にかかる人件費・各種コストへの支援が整っていてこそ、上乗せ的な施策として効果を発揮するものでしょう。
言うなれば、家の土台が揺らいでいるのに、建物部分の整備を行なうようなものです。これは、厚労省が「加算率を大幅に引き上げたこと」を強調している新たな処遇改善加算でも言えることかもしれません。やや酷な言い方ですが、現任者はもとより訪問系サービスで働くという意向がある人々にとって、「それではない」感が強いのではないでしょうか。
土台整備に着手するには、やはり期中改定を検討課題とすることがストレートな流れのはず。政府が閣議決定した高齢社会対策大綱でも、訪問介護等の在宅サービスの充実をうたっているのですから、閣内での矛盾はないでしょう。年末の予算編成前に、もうワンプッシュの動きがあるか期待したいものです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。