高齢社会対策大綱が閣議決定され、認知症施策推進基本計画案もこの秋の閣議決定が目指されています。いずれも2026年度の診療報酬改定、2027年度の介護報酬改定に影響を与えることは間違いありません。ここで改めて注目したいのが、冒頭の大綱・計画の両方で示された「難聴への対応」についてです。
難聴がある高齢者の認知症リスクは1.6倍
「加齢による難聴」は、生活や社会参加の範囲を狭め、フレイルや認知症のリスクを高めることが知られています。2020年に国立長寿医療研究センター(もの忘れセンター)で、住民健診データ等の分析を進めたところ、高齢者のうち難聴がある人は認知機能低下のリスクが約1.6倍多いことが分かりました。
また、同研究センターによれば、中年期(45~65歳)に難聴があると、認知症のリスクがおよそ2倍に上昇するという研究結果があることも明らかになっています。ケアマネの視点で言えば、利用者の生活歴・既往歴を把握する中で、将来的な認知機能低下のリスクを予測する材料の1つとなるでしょう。
こうした研究等の結果を受け、先の高齢社会対策大綱では、加齢にともなう難聴等の機能低下の早期スクリーニングや定期的ケアの重要性について普及啓発を図るとしています。また、認知症施策推進基本計画案でも、難聴の早期の気づきと対応の取組みを推進することが明記されました。両大綱・計画案で同時に示されたということは、今後さまざまな施策への反映がなされると考えられます。
2027年度改定で「難聴対応」への評価が⁉
介護保険制度にかかる運営基準や各種加算では、「栄養・口腔」や「ADL・IADL」にかかる評価の規定は多々あります。しかし、「聴覚」に関しては、個別機能訓練及びリハビリで「言語・聴覚訓練」の計画への位置づけのみで、難聴にかかる早期のスクリーニング等の取組みは制度化されていません。
政府による大綱・計画で、「難聴」にかかる早期対応を重視する動きが出ているということは、早ければ2027年度改定でスクリーニング等のしくみが出てくる可能性もあります。
たとえば、利用者の難聴にかかる評価指標を示したうえで、科学的介護推進体制加算等においてLIFEへの情報提供項目として設定するという具合です。認知症チームケア推進加算のワークシートでは、BPSDの背景要因に「聴覚」が含まれていますが、難聴にかかる評価指標ができるとするなら、その評価結果を反映するしくみになるかもしれません。
このあたりの具体的な動きは、2026年度の診療報酬改定が1つのヒントになるでしょう。ここで難聴にかかる診療情報提供に関して何らかの様式が示されたりすれば、先に述べた評価指標などの土台となります。
「適切なケアマネジメント手法」との関係
ケアマネジメントに関しても、何らかの動きが出てくることが考えられます。たとえば、法定研修カリキュラムにも反映されている「適切なケアマネジメント手法」の改定です。
現行では、基本ケアのうちの「コミュニケーション支援」において、コミュニケーションの阻害要因の1つに「加齢による視覚・聴覚の衰え」に着目することが示されています。
また、大腿骨頸部骨折がある人のケアでは、「再骨折の防止」に向けて「視聴覚など自らの身体機能への理解」を進めるための体制を築くことがテーマの1つとなっています。
一方で、認知症に関しては、「コミュニケーションを取りやすいような環境整備」を通じて先の基本ケアの項目が活かされますが、直接的に「聴覚」に関する話はふれられていません。すでに認知機能が低下している人でも、聴覚機能によるコミュニケーションレベルがBPSDに大きく影響するという点で、より深い掘り下げが必要かもしれません。
こうした点から、「難聴がある人の支援」について、さらなる掘り下げを行なうという改定がなされる可能性はあるでしょう。認知症の人の意思決定支援がさらに重視される中、新たなガイドラインでも「難聴への対応」が明記されるかもしれません。
補聴器が介護保険対象になる可能性は?
もっとも、ここで多くの人々が以下のような疑問を抱くかもしれません。「そこまで難聴への早期対応にこだわるのなら、補聴器など聴覚補助機器の貸与を介護保険の給付対象にすることが必要ではないか」ということです。
ご存じの通り、補聴器などは介護保険給付の対象にはなっていません。代わりに障害者総合支援法による補装具費支給制度があります。つまり、身体障害者手帳の取得が必要になるわけです。自治体によって独自の補助金制度を設けているケースもありますが、所得基準や聴力レベルが一定以下であることなど、さまざまな条件が設けられています。
冒頭の高齢社会対策大綱では、補聴器等の技術開発や質の高い補聴器販売者の養成等をうたっていますが、明確な給付方針などは示されていません。現在、厚労省内では「難聴への対応に関する連絡会議」が定期的に開催されていますが、こうした中で新たな支援の枠組みができるかどうか注目されます。
いずれにしても、利用者の難聴によるコミュニケーション阻害は、政府が大綱で示すまでもなく現場レベルでも大きな課題の1つです。ケアマネの事例検討や研修時の演習でも、積極的に取り上げていきたいテーマです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。