各党に求めたい「処遇改善」のプラスα。 介護・福祉従事者支援法の整備を論点に

衆議院総選挙の投開票まで10日を切りました。選挙後の政権の枠組みにもよりますが、介護施策をめぐっては、さらに踏み込んだ論点がありそうです。それは、介護・福祉(保育等も含む)従事者を支援するための基本法の制定を目指せるかについてです。

各党とも「処遇改善」は打ち出しているが…

各党の公約では、介護・福祉等従事者の「さらなる処遇改善」が共通するビジョンして上がっています。ただし、与野党ともに同様の公約が掲げられる中、その「処遇改善」を現施策の延長で行なうのか、あるいは従来とはまったく異なる道筋で行なうのか──こうした点で、さまざまな違いも浮かび上がります。

その「違い」を明確にするうえでのポイントは、より大きな枠組みとしての「従事者支援策」が視野に入っているかどうかです。

確かに「処遇改善」は、従事者支援において重要な軸であることに違いはありません。しかし、何をもって真の「処遇改善」と評価するかといえば、そこには「介護等の現場で安心して働き続けることができる環境」がセットになっていることが不可欠です。

たとえば、ある程度賃金が上がったとしても、それ以上に業務環境が過酷となっていけば、安心して働き続けるだけの処遇のバランスはとれていないことになります。となれば、処遇改善を前提としつつも、その時々で変わりゆく業務環境をにらみ、現場従事者を恒常的に守る仕組み作りも必要でしょう。

既存の労働法制や介護保険法に足らないもの

もちろん、労働者を守るという点では、労働基準法などの労働関係法があります。介護保険法では、「介護保険事業の運営が健全かつ円滑」に行なわれるよう、国や自治体に対して、サービス提供体制の確保に関する施策等を講じることを義務づけています。

しかし、全産業共通の労働関係法では、介護等の現場に特有の事情、またそれが時代とともに変わりつつある状況に対応するには不十分です。たとえば、近年大きな問題となっている利用者等からのハラスメントについて、仮に労働法制でのカスタマーハラスメントの規定が図られたとします。その場合、介護現場特有の状況への具体策は、介護保険関連の省令や予算措置に委ねられることになります。

そうなると、「その施策が本当に現場従事者を守ることにつながるか」を検証するための法律的な土台は限られてしまいがちです。

一般的な労働法制では、介護現場特有の事情を十分に網羅するのは困難でしょう。介護保険関連の省令では、「健全な介護保険事業運営」のもと、保険財政とのバランス調整が行われやすく、ストレートに「現場従事者の実感」を満たせるか否か不透明となりがちです。

従事者ファーストの視点がより大きな改革に

では、「現場従事者を守る」ための法律上の土台とは何でしょうか。たとえば、利用者・家族と一対一になりがちな訪問現場のリスクを想定したとします。ハラスメント等はこうした状況下で特に生じがちです。

これに対し、国会制定法で、「従事者個人の希望・申し出により、(複数人訪問を可能とするなど)安全性を担保できる体制を国・自治体・事業者は講じなければならない」と定めるとします。これにより、各省令や予算措置が、法律の目指すことに則っているかどうか、厳しく検証される機会が生まれます。

もちろん、「その財源をどこで確保するのか。保険料を上げるのか」という議論は生じるでしょう。それでも、国会制定法の優先順位は高いので、国は財政上の調整を行なってでもやり遂げなければなりません。政府が二の足を踏みがちな「財政割合の見直し(公費の増大)」という議論なども展開せざるをえません。

つまり、従事者ファーストが国会制定法で保障されていることが、既存の介護報酬の枠内での中途半端な微調整にとどまらない、大きな改革へと結びつきやすくなるわけです。

現場が「取り残されやすい」時代だからこそ

参考となるのは、2024年1月施行の「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」です。理念法的な面はあるものの、国が手がけるべき認知症施策の枠組みは示されています。こうした法律ができることにより、政府としてはその時々の予算編成等で認知症施策の優先順位を上げざるを得なくなります。

何より重要なのは、施策決定過程における当事者(認知症本人やその家族)参加が明記されたことです。これにより、政府が認知症施策を展開する場合、当事者やその支援団体の意見を聞きつつ、合意を図る道筋が必要となります。仮に財源論が絡んだとしても、当事者とともに知恵を出し合うことが必要で、それを抜きにして財務省を含めた関係部局だけが独走することは許されません。

これを介護等の従事者支援を目的とした法律に当てはめるなら、「現場で今従事者が困っていることは何か。それを解決するのはどのような方策が必要か」について、すべての現場の従事者(有識者や業界・職能団体だけではない)が施策決定に参加・発信しつつ納得できる権利を保障することになります。

生産性向上や介護DXなどが加速する中、ともすると「現場が取り残され、制度に追い立てられる」という状況が強まっています。そうした時代だからこそ、現場の従事者の権利をしっかり守る法制定が望まれます。総選挙期間中、各党の主張を精査するうえでの物差しの1つにしてみてはどうでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。