
早期の追加支援策を求める介護業界の声は、日増しに高まっています。今月、介護関係16団体、関連政治連盟11団体が緊急集会を開催。政府に追加的な支援や期中改定を求める決議を採択し、現状での賃上げ、物価高騰、離職等の緊急調査の結果も公表しました。このうねりは状況の好転につながるでしょうか。
介護現場の苦境は、もはや誰の目に明らか
介護現場の苦境は、物価高騰や賃金格差などさまざまな危機が積み重なる中で、誰の目にも明らかになってきました。
今回の緊急集会は、あくまで業界団体によるものですが、ここに連合や日本介護クラフトユニオンなどの労働組合、保険者等の自治体、そして当事者団体が加わる流れとなれば、一気に国民的な運動となるでしょう。
今回の緊急集会をもってしても政府が動かない場合、立場は違えども、より大きな運動体が形成できるかが問われてきます。
それだけ今日の「国民の介護」をめぐる問題は大きなテーマであると同時に、「急を要する」という性質も持ち合わせています。
この場合の「急を要する」という背景には、すぐに追加的支援がなされなければ、「従事者の離職が加速する」、あるいは「事業所の経営が持たず地域の利用者がサービスを受けられなくなる」という状況が確かにあります。
ただし、それだけではありません。仮に何らかの追加支援策がなされたとして、問題は効果が現れるまでに生じる「時間差」です。
「今」を逃した場合に起こりうる秋の大離職
たとえば、従事者の離職を食い止めるため、他産業に追いつくレベルの恒常的な賃上げ策をとるとします。ただし、そのお金の確保には、補正予算の編成などが必要です。前年度予算の予備費を(補正予算までのつなぎとして)緊急的に使う方法もありますが、コロナ対策後の予備費は大幅に減額され、幅広く追加支援を行なうことは困難を要します。
そうなると、急いで補正予算を編成したとして、緊急的であっても支援が行き渡るまで数か月を要します。他産業の多くは春闘を経て、おおむね4月に賃上げが行われています。現場の介護従事者としては、特に今のような物価高騰が続く現状では、数か月先の賃上げを待つのさえ厳しいのが現実でしょう。
「急いで」もこうした状況なので、さらに先延ばしとなれば、実質的な賃上げは年明けとなりかねません。何かと支出の増える年末年始を見すえれば、9~10月には「他産業への転職者」も大幅に増える恐れがあります。
ただでさえ、夏場は利用者の健康確保への気遣いや自らの熱中症リスクが高まり、秋口の介護現場も「燃え尽き」やすい時期です。「介護業界に見切りをつける」うえで、背中を押されやすいタイミングと言えます。
事業者努力もはや限界。融資拡充も効果薄⁉
このタイミングを乗り越えるには、事業者側の「持ち出し」による臨時的な賃金底上げを図る他はありません。しかし、先の2024年度の介護従事者処遇状況調査を見ても分かる通り、2024年度の時点ですでに「持ち出し」が行われている様子も見てとれます。
そうなると、多くの事業者は、すでに身動きがとれない状況に陥っている可能性があります。さらなる「持ち出し」が不可能ならば、従事者が離職するのを黙って見送ったうえで、事業規模を縮小したり、最悪の場合は事業の休廃止の選択に至ることもあるでしょう。
もちろん、先のような危機タイミングも視野に入れつつ、国として「福祉医療機構による優遇融資の拡充」なども打ち出しています。元金の返済も最高で2年据え置かれることになりました。ただし、これはあくまで「追加の支援策」が行われるまでの「つなぎ」の融資という位置づけに過ぎません。
追加策の全体像が明らかにならなければ、いくら優遇措置があるとはいえ、(健全経営を志す事業者ほど)融資を受けるためらいも大きいでしょう。つまり、国の融資政策を活かすうえでも、追加的支援策を早急に打ち出すことが必要になるわけです。
現場の稼働率低下という「追い打ち」も?
こうして見ると、追加的支援策(その後の期中改定の見込みも含む)は少なくとも5月中に打ち出したうえで、6月には補正予算等の編成を行なう必要があります。
ただし、今通常国会は延長がなければ6月22日までなので、かなりの駆け足となります。はっきり言えば、綱渡り状態です。しかし、この日程に乗せないと、7月には参院選挙もあり、支援策の具体化は混とんとしてきます。
ちなみに、施策のタイミング遅れは、現場の厳しさをさらに加速させかねません。たとえば、米価をはじめとする食材費の高騰で、利用者の栄養状態の悪化が懸念されます。また、在宅利用者などは光熱水費の上昇が、熱中症リスク等を増大させる恐れもあります。
こうした複合要因の積み重ねは、利用者の入院リスクを高め、現場の稼働率低下にもつながります。人材不足とともに経営悪化の要素が上乗せされるだけでなく、医療費増大により大規模な財政措置がますます困難になるという悪循環も生じることになります。
結果として、2年後の2027年度までに、驚くような介護資源の減少が予測されます。「2040年に向けて」などと、議論する場合ではなくなるでしょう。「今」がいかに重要な時期であるか、政府も、次の選挙で一票を投じる国民もしっかり見すえることが必要です。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。