野党提出の介護支援2法案は結局審議されず。 介護現場の「明日は今日よりよくなる」のか?

政府の骨太の方針2025では、介護・医療分野等の処遇改善に向けた公定価格の引上げ等が明記されました。一方で、今年1月に複数野党が共同で国会提出した「介護・障害福祉従事者処遇改善法案」等は、1度も審議されず会期末後の閉会中審査となっています。

1月提出の野党共同提出法案の中身を再確認

半年近く未審議が続いた野党提出法案の内容を、改めて確認しましょう。法案は2つ。冒頭で述べた「介護・障害福祉従事者処遇改善法案」と「訪問介護緊急支援法案」です。

前者は、A.まず介護・福祉従事者等(事務職員等も含む)に対して、1人あたり平均月額1万円(年間で12万円)の賃金増を想定した助成金を交付するとしています。B.そのうえで、介護・福祉従事者等の賃金水準を他産業と同程度のものにするための方策(介護報酬増など)を講じるとするものです。

後者は、A.2024年度に基本報酬が引下げとなった訪問介護の事業者に対して、緊急支援の補助金を支給すること。この場合の補助金額は、2024年度における基本報酬削減のマイナス2.4%分に、全体のプラス1.59%分を加えたもので、総額約344億円となります。

さらに、B.小規模な訪問介護が特に苦境に陥っている状況から、訪問介護についても通所介護と同様に「規模別」の介護報酬を導入する措置についても定めています。

助成金・補助金の財源はどう確保する?

上記で「訪問介護の緊急支援補助金」が約344億円と述べました。一方、前者の「処遇改善助成金」は約4200億円と試算されています。合計すると4500億円超となります。

問題は、こうした拠出金の財源をいかに確保するかです。ちなみに、法案提出野党の1つ立憲民主党(以下、立民党)は2025年度予算審議で、先の2法案関連の予算も加えた修正案を3月に提出しました。そこでは、各種基金や一般予備費の精査・縮減により約3兆8000億円の財源が確保されるとしています。

もちろん、こうした基金や一般予備費の縮減が果たして適切かどうかは、より時間をとって議論することが必要かもしれません。ただし、コロナ禍からの景気回復等で税収が上振れしている状況もある中、(保険料の上昇につながる可能性のある報酬増は別として)補助金・助成金の速やかな給付にかかる財源は、ねん出できる可能性が高いと言えます。

もっとも、こうした財源確保の議論が熟さない中で、夏の参院選前に新たな支援策も浮かんでいます。それが、与党・自由民主党(以下、自民党)が参議院選挙の公約として「国民1人あたり一律2万円(低所得者等には2万円加算)を支給する」としたことです。

与党公約の1律2万円給付財源は3兆円規模

この「2万円の一律給付」に必要な財源は3兆円規模とされています。財源はやはり税収の上振れ分等としていますが、野党の2法案にかかる助成金・補助金約4500億円はその6分の1。つまり、自民党公約の一律給付の財源が確保できるなら、介護現場への支援はすぐにでも行き届くことになるわけです。

この「お金の使い方」については、通常国会期末となった6月18日の衆議院厚生労働委員会でも取り上げられました。政府としては「あくまで与党の公約」という立場ですが、自民党総裁でもある首相自身が発信したことに違いはありません。その点では、「お金は十分にあるのに、介護現場への支援は後回し」と受け止められても仕方ないでしょう。

もちろん、物価上昇で生活の厳しさが増す国民にとって「2万円あるいは4万給付」は、(一時的とはいえ)スピード感さえあれば「ありがたい」と感じる人も多いかもしれません。しかし、それによって危機に瀕している介護現場への支援が後回しとなれば、一歩先には「お金はあってもサービスが使えない」という不安が待ち受けることになります。

「骨太の方針」実現までに業界はもつのか?

骨太の方針2025では、確かに公定価格等の引上げが明記され、社会保障費の増額に「物価上昇を考慮する」旨もプラスされました。つまり、業界の主張する物価・賃金スライドへの道に希望が灯ったことになります。

そして、その検討を2025年末までに行なうとしたことで、2026年度中の期中改定(つまり、再び診療報酬との同時改定)もありえるという流れも形成されています。

しかし、これらのビジョンを確信できるだけの具体的な工程は示されていません。事業者や現場にとって、「先がぼやけた状態」で待ち続ける余裕はありません。先の厚労委員会では、厚労大臣が「先の補正予算による(介護人材確保・職場環境改善等事業の)効果を検証しつつ…」という発言を繰り返していましたが、これだけでは現場によって霧の晴れない状態は当分続くことになります。

個人的に聞き及ぶ限りでも、すでにサービス撤退を検討している事業者や他業種への転職を模索する従事者は、水面下でかなりの数にのぼっている状況です。特養ホームでさえ、その閉鎖が少しずつ報じられつつあります。

残された時間はほとんどないという中で、「何に優先的にお金を使わなければならないか」は明らかでしょう。骨太の方針が示す「『今日より明日はよくなる』と実感できる社会」を目指すなら、崩壊に直面しつつあるセーフティネット状況を直視し、そこに支援を集中させることが最優先ではないでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。