
今夏参議院選挙で与党が大敗し、衆・参議院ともに過半数割れとなりました。これにより、一部野党が提出中の介護従事者等処遇改善法案等の成立や、期中改定による介護報酬引き上げの道筋がおぼろげながら見えつつあります。しかし、それで間に合うのでしょうか。
訪問介護に始まる業界の倒産・撤退ドミノ
今年7月に東京商工リサーチが公表したデータによれば、1~6月の上半期において訪問介護事業所の倒産件数が過去最多を記録しました。訪問介護に関しては、2024年度改定での基本報酬の引下げに加え、他産業との賃金格差による新規採用の困難度が増し、いわゆる人手不足倒産の状況も見受けられます。
訪問介護全体については、事業所数自体の増加は認められるものの、サ高住等の集合住宅等の併設事業へのシフトが想定されます。もっとも先の倒産状況では、負債総額も急増しているため、併設事業等で規模拡大を図っている事業者の「つまづき」も考えられます。
いずれにしても、業界全体の代謝・再編が進んでいるのは間違いありません。その場合、特に人口密度の低い地域におけるサービス量が真っ先に不足する懸念がともないます。そうなれば、独立型の居宅介護支援事業所におけるサービス調整も困難になりかねません。
訪問介護の苦境は、(状態悪化の早期発見が困難になるという点で)在宅での重度化を進める恐れがあります。利用者の入院リスクの高まりにより、他サービスの収支にも影響をおよぼすでしょう。特に熱中症リスクが高まった今夏後は、訪問介護を起点とした業界全体の倒産・撤退ドミノが懸念されます。
2026年度期中改定の可能性も高まったが…
こうした危機的状況下ですから、介護現場への追加的支援策や期中改定などは、緊急を要します。しかしながら、参院選後の臨時国会の開催は5日間にとどまりました。処遇改善法案等の閉会中審査は続いていますが、施策が大きく動くのは、今秋の開催が予想されている臨時国会まで待たなければなりません。
ちなみに、野党議員のブログなどを見ると、厚労省が「2026年4月の介護報酬引き上げを検討している」という情報も出ています。これは根拠のない話ではなく、先に政府が閣議決定した骨太の方針でも、介護職員等の処遇改善について「2025年末までに結論が得られるよう検討する」ことが明記されています。
その工程で行けば、2026年度予算の編成において、少なくとも処遇改善分にかかる報酬引き上げを反映させたうえで、2026年4月の期中改定が実施される流れとなります。
もっとも、「それでは遅い」というのが現場の実感でしょう。また、期中改定が行われたとして、事業者の経営安定に資する基本報酬等の再設定(訪問介護の基本報酬引き上げなど)が同時に実施されるかどうかも問題です。となれば、秋の臨時国会で補正予算を成立させたうえで、2026年4月までの間の「つなぎ」の支援策が図られるかが焦点となります。
注意しなければならない最低賃金引上げ
当面、野党側や労働団体などが、お盆明けに「2026年4月の報酬改定の前倒し」を求めた要望書を提出する予定です。同時に、秋の臨時国会で処遇改善法案等(訪問介護緊急支援法案含む)を審議しつつ、政府に補正予算の編成を求める流れが想定されます。
そこで注意すべきは、最低賃金の引上げ(加重平均の上昇は過去最高)が10月に実施されることです(地域によって適用時期に差が生じる可能性あり)。その場合、人件費の上昇だけでなく、他業界の平均賃金の押し上げにより、上昇分が介護現場に必要な物品等の価格に転嫁されるケースも増えるでしょう。
報酬引き上げをはじめとする支援策では、そうした最低賃金引上げにともなうコスト増を反映させることは不可欠です。最低賃金の引上げが10月、各種コスト増への波及は遅くとも年内と想定すれば、2026年4月の改定ではさらに「出遅れ感」が高まります。
そうした状況から、「施策の迅速化」はもちろん、「来るべきさらなるコスト上昇」をしっかりと見込んだ対応ができるかが問われます。
国が動く前に自治体への請願も強める必要性
こうした見通しに対し、「10月が1つの節目とすれば、もう間に合わないのでは…」と思う人も多いでしょう。実際、具体的な支援策が年をまたいでしまえば、それがどんなに手厚いものになろうとも、「時節ズレ」によって効果はほとんど得られない恐れもあります。
そうなると、追い詰められるのは、介護現場や利用者だけでなく、介護保険を運営する保険者も同様です。労働力減少が進む地域では、従事者の介護離職が地元企業にとって大きな損失となる可能性も高まるでしょう。それが地元企業の経営悪化をもたらせば、地方の税収にも影響を与えることになります。
以上の点から、「国の動きが鈍ければ、自治体が先行して動かざるを得ない」という状況が強まることが想定されます。ただし、地方財政が悪化している地域では、一般財源による拠出にはどうしても限界が生じます。
そうなると、地方財政の中身の大胆な組み換えも必須です。ここでは、各首長と地方議会の危機感共有と課題解決力が問われます。介護現場としては、国の動向への注視もさることながら、地方議会への請願等の働きかけが、今後大きなテーマになるかもしれません。危機が深刻化する今こそ、地域が総力を挙げて自治体を動かすことが問われています。
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◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。