
全労連(全国労働組合総連合)が、介護保険制度の抜本改善と大幅な処遇改善を求める請願署名を募っています。注目は、請願項目に介護保険の財源構成の改編や、処遇改善にかかる財源のあり方が含まれていることです。
処遇改善を全額国庫負担とする「原点回帰」
財源に関しての請願項目を整理すると、以下のようになります。1つは、他産業との賃金格差の解消に向けた処遇改善策について「全額国庫負担」とすること。もう1つは、保険料や自己負担等の負担軽減やサービス拡充に向けて、介護保険財政に対する「国庫負担割合を大幅に引き上げる」ことです。
前者については、処遇改善策の創立時が国庫負担による補助金だったことを考えれば、原点回帰ともいえます。ちなみに、2012年度に介護報酬に組み込まれたのは、その時々の予算編成による影響を抑えつつ、恒常的な処遇改善を進めることが背景の1つです。
しかし、他産業との賃金格差が今日のように拡大する中、その溝を埋めるだけの処遇改善を行なうとなれば、40歳以上の保険料負担は急速に膨らみます。サービスの土台が「人」であることを考えた場合、そのための処遇整備を国庫負担でまかなうという原点回帰は、時代の要請に沿った施策とも言えるでしょう。
国庫負担割合の増大を求める声の必然背景
後者の介護保険財政にかかる「国庫負担割合」の増大については、やはり40歳以上の保険料が高まり続ける状況を鑑みれば、今後は避けて通れない議論といえます。
そもそも社会保険制度は。国民(介護保険では40歳以上)同士の「支え合い」、つまり「共助」の理念によって成り立つしくみです。ただし、その理念は大きな環境変動が加わった時、被保険者が「共助」として受容できる範囲を超えてしまうことがあります。
その大きな環境変化とは、中長期的な人口の高齢化に、近年の急速な物価上昇というファクターが加わっていることは言うまでもありません。物価上昇については、円安や金融緩和など国の金融政策のかかわりが大きい点で、国民の中には「人為的な要素が強い」という意識を持つ人も多いでしょう。
いずれにしても負担増のファクターが多くなり複雑化すれば、「困った時はお互いさま」という共助の理念だけで、国民的な合意を得ることは難しくなります。結果として、「国の責任(国庫負担)でまかなうべき」といった意向が膨らんでいくのは必然かもしれません。
政府としても「含み」は持たせているが…
政府としても、現実の物価上昇が社会保険に与える影響は無視できなくなっています。今年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2025」でも、以下のように記しています。社会保障関係費に関して、「高齢化による増加分」に相当する伸びに「経済・物価動向等を踏まえた対応に相当する増加分」を加算するという方針です。
これを見る限り、「国庫負担の拡大」は決して非現実的ではなく、冒頭の請願による求めに対して施策側が調整できる含みも残されています(ただし、内閣総理大臣が交代するとなれば、その継続性が担保されるかどうかは見通せません。予算編成過程で、財務省側が強く反発することも考えられます)。
もっとも、国庫負担の増大(処遇改善については全額国庫負担)とはいえ、その財源は国民の税金です。税金が徴収される範囲は幅広いですが、たとえば社会保障に使われる消費税などは、物価高の中で大きな負担感を国民に与えています。となれば、税制や財政全体の大幅な組み換えが伴わなければ、「国庫負担増」が国民の負担減の実感にはストレートに結び付きにくくなる可能性もあります。
世代・立場の相違はあっても必要な第一歩
特に注意すべきは、介護保険料を払っていない世代(40歳未満)の意識です。こうした世代の多くは親の介護などに直面していないことも多く、「保険料負担」のほか「サービス利用時の自己負担」の軽重についても。「わが事」として実感しにくいのが実情でしょう。
むしろ強いのは、目の前の物価上昇による「生活の苦しさを何とかしてほしい」という意向です。これは、消費減税を訴える声にも直結しがちです。こうした中で、介護保険における「国庫負担(税金による公費)割合」を増やす案が出てきた場合、「消費税を下げにくくなるのでは」といった懸念が強くなり、国民合意を阻むことになりかねません。
もちろん、介護現場で働く若年世代の従事者ならば、他産業との賃金格差を埋めるうえで「国庫負担の投入」が有効策との理解は得やすいでしょう。またヤングケアラーであれば、介護保険制度の安定化に「国庫負担」を増やす方針は受け入れやすいかもしれません。
しかし、そうした人々の声を、当事者でない立場から想像力を働かせて理解する余裕は、残念ながら年々失われつつあります。先に述べた急速な物価上昇をはじめとする、先の見えない社会不安がまん延しているからです。
この難問を解くのは簡単ではありません。しかし、ともかくも国民的な議論が起こらなければ、異なる世代・立場の人々同士が「意見の相違」を認識しあう機会も生まれません。実現可能性の高低はともかく、まずは「国庫負担割合の引上げ」という論点をなるべく多くの介護団体・機関がかかげ、社会的なインパクトを創ることを第一歩としたいものです。
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◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。