新首相が目す処遇改善の制度設計

新首相が目す処遇改善の制度設計

岸田文雄首相が就任後初の所信表明演説で、介護従事者等の賃上げに向けて「公的価格を抜本的に見直す」としました。具体策として、「公的価格評価検討委員会(仮称)」の設置を表明しています。実際にどのような施策が展開されるのかについて掘り下げます。

「報酬」ではなく「公的価格」とした意味

「公的価格」という表現は聞き慣れませんが、いわば国や自治体が定める「公定価格」ととられていいでしょう。実際、岸田首相が就任した直後では、新任の後藤茂之厚労大臣からも(新首相の指示として)「公定価格のあり方を抜本的に見直す」と表明されています。

この「公定価格」という用語は、子ども・子育て支援の分野でよく見られます。たとえば、法令にもとづいて国が指定する保育施設等の給付額について使われたりします。介護保険でいえば介護報酬にあたるものです。

なぜ「報酬」という言い方をしないかといえば、子ども・子育て支援にかかる従事者(保育士など)の処遇改善に力点が置かれているから…というのは考えすぎでしょうか。

公的価格評価検討委員会が目指すものとは?

さて、介護分野において「公定価格=介護報酬」とした場合、その「評価検討委員会」とはどのような意味を持つのでしょうか。

介護報酬は、介護保険法にもとづいて介護給付費分科会が方向性を示し、それをもとに基本報酬や加算などの「単位」を定めています。これを「抜本的に見直す」となれば、介護報酬を定める一連のしくみに(法改正などを通じて)「新たな枠をはめる」というしくみが思い浮かぶのではないでしょうか。 現行の介護保険法では、介護報酬(給付の水準)の設定に際して「審議会(介護給付費分科会など)の意見を聞く」ことは定められています。ただし、首相が目指している「労働者の所得向上」に資することは、介護保険法においては規定されていません。 つまり、介護報酬の「決め方」について、以下の施策が考えられるわけです。首相の提案する「評価検討委員会」での決定を通じ、介護保険法の改正により「労働者の所得向上を目指さなければならない」といった条項をプラスする──という具合です。

国会制定法を目指すとなれば期待は大きいが

省令や政令と異なり、国会での制定法は省庁の実務を「縛る」強さがあります。「労働者の所得向上」という一文に具体性はないとしても、それがいったん国会制定法で示されれば、担当省庁はその規定を無視できません。

直近のケースでいえば、2020年の法改正で、科学的介護の推進に向けて「厚労省が事業者からのデータ提供を求めることを可能にする」という条項が盛り込まれました。これにより、LIFEによるデータ提供の範囲が一気に広がったわけですが、これを見ても国会制定法の効果は極めて大きいといえるわけです。

首相としては、こうした改革の方向性を意識しているのかもしれません。ただし、実際にそこまで踏み込めるかとなった場合、政局面での状況が壁になる可能性があります。具体的には、野党が国会に提出している法案との絡みがどうなるのかという点です。

野党がすでに提出している法案との兼ね合い

現在、野党は国会に「介護・障害福祉従事者の人材確保に関する特別措置法案」を提出しています。法案内では、報酬基準の設定にあたり「従事者の賃金改善」および「将来にわたる職業生活の安定」、「離職の防止」に資するよう「配慮しなければならない」旨が規定しています。これをもって、報酬設定の「縛り」の強化しようというわけです。

仮に、首相が介護保険法等の改正、もしくは、介護・医療・保育にかかる公的価格のあり方を縦断的に規定する新法案の成立を目指したとします。この場合、先の野党側の法案との類似点が浮上することになります。

もちろん、与野党の連携・すり合わせによって同種の法制定を目指すというのは、議会制民主主義での大きな成果の一つとなるでしょう。しかし、間もなく行われる衆議院選挙の結果によっては、「野党の提案には乗れない」という流れはむしろ強まるかもしれません。

もう一つの見直しは「単価設定」のあり方?

そうした状況をにらめば、「公的価格の評価検討」については、もう1つ考えられる方向性があります。それは、「1単位あたりの単価設定」の見直しを図るやり方です。ご存じのとおり、介護報酬の1単位あたりの単価は、国家公務員の地域手当に準拠しています。この地域手当は、2014年に最高額引き上げが行われて後、見直しは行われていません。

この点を踏まえたとき、首相の打ち出す「公的価格の見直し」として、以下のようなやり方が考えられます。①公務員の地域手当のさらなる引き上げを図り、それによって介護報酬等の単価引き上げにつなげる。②公務員の地域手当への準拠という原則を見直し、新たな単価設定のルールを設ける──などです。

思い切った改革となれば、やはり②でしょう。新ルール設定は財務省などを含めて議論の難航が予想されますが、施策上のインパクトはそれなりに大きくはなるはずです。

問題は、介護報酬等をめぐって「算定に必要な実務」が複雑になり、実務量と処遇のバランスがとりにくくなっていることです。ここにメスを入れるなら、やはり先の国会制定法の規定を変えていくことがまず先決かもしれません。いずれにせよ、新たな検討委員会が「何を目指すのか」に注目したいものです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。