現場でのICT活用の制度化が加速する中 従事者の健康確保に懸念はないか?

イメージ画像介護現場の従事者不足や業務負担増への対応策として、ICT活用がますます大きな流れになっています。2021年度に強化された「テクノロジーの活用による基準や加算要件の緩和」なども、次期改定ではさらに進むことが想定されます。そうした中、置き去りにしてはいけない議論にスポットを当てます。

ICT等使用頻度の高まりによるVDT症候群

「置き去りにしてはいけない議論」とは、現場でのスマホやタブレットなどの使用頻度が上がる中、従事者の健康に与える影響についてです。ICTについては、「現場の負担軽減」というメリットが強調されがちですが、健康上の不安にも目を向ける必要があります。

液晶画面等の情報端末を使用する作業のことをVDT(Visual Display Terminals)作業といいます。ずいぶん前からこのVDT作業を長時間行なうことによる健康への影響が、さまざまな業界・分野で課題となっています。

VDT作業によって、健康に何らかの悪い影響がおよぶ状態を「VDT症候群」といいます。具体的な症状としては、「目の疲れや痛み」や「首、肩の凝り・痛み」など。中には、うつ病などの精神症状も報告されています。

介護現場でのスマホやタブレット等の場合、1回あたりの使用時間は短くても、使用頻度によって負担が蓄積されることもあります。

厚労省が示しているガイドラインによれば…

こうした状況に対し、厚労省は「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」を出しています。もともと1985年に出されたものですが、その後の情報通信機器をめぐる環境変化やVDT作業に従事する人の急増にともない、たびたび改定が行なわれました。

最新の改定は2019年です。ここで「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」と名称が改められ、現場で活用できるパンフレットも作成されました。
注目したいのは、「対象作業」の中に「モニターによる監視作業」も含まれていることです。2021年度改定でターゲットとされた「見守りセンサー等の活用」も労働衛生管理の対象になっているわけです。

パンフレットの中では、眼を保護するための作業場所の照明や画面の輝度・コントラスト調整への配慮、正しい姿勢を維持できる作業環境の整備などにふれています。各種端末を使う場合の作業量・時間についても、事業所・施設による適正な管理をうたっています。

これらの点から、夜勤業務における見守り機器等の活用(モニターチェックなど)に際しても、その間の作業時間に配慮することが、事業所・施設の責務ということになります。つまり、「適正な作業時間」とするための交代要員の確保が前提となっているわけです。

ICT活用等を想定した健康診断のあり方も

ICT活用によって人員基準を緩和する場合でも、上記のような衛生管理が行われること前提とした制度設計が求められます。さらなる緩和策において、この点がきちんと議論されるかどうかが問われることになります。

さらに注目したいのは、先にパンフレットでは、「情報機器による健康障害を予防する」ための健康管理も求めている点です。そこには、情報機器活用にかかる健康診断や健康相談の機会を設けることも含まれます。

もともと労働安全衛生法では、「常時雇用する労働者」(週の労働時間が正職員の4分の3以上などの非正規職員も含む)に対して、定期の健康診断を義務づけています。また、各種処遇改善加算にかかる職場環境等要件では、上記以外の「短時間勤務の従事者への健康診断」などを事例としてあげています。

先の情報機器活用にかかる健康診断等は、パンフレットを見る限り、上記の法定等のものとは別に行なうと解釈できます。対象者は「情報機器作業を1日4時間以上行なう者」のほか、4時間未満でも「眼や肩に痛みなどの症状がある者」も含まれています。

2021年度の安全確保要件だけで十分か?

いずれにしても、ICT等の活用による基準緩和等を目指すのであれば、現場従事者のVDT症候群などを防ぐための方策について議論を尽くすことが必要です。これがおざなりになれば、従事者の健康を危機にさらすだけでなく、ケアへの支障から利用者の自立支援や安全確保へ悪影響もおよびかねません。

ちなみに、2021年度のICT等の活用にともなう基準や加算要件の緩和に際しては、「安全体制の確保のための要件」が定められました。そこでは、「ストレスや体調不安等、職員の心身の負担が増えていないかの確認」が求められています。しかし、これは人員配置等の緩和による影響も含まれていて、ICT等の活用に焦点を当てる取組みになっていません。

もちろん、特に若い世代の従事者などで、普段からプライベートでスマホやタブレット等を活用しているケースも多い中、業務中の影響のみを検証するのは難しいかもしれません。しかし文科省などでは、教育現場での1人1台タブレット利用等について、児童生徒への健康への影響などを検討する会合がもたれています。厚労省の介護保険管轄部門でも、社会保障審議会とは別に専門の検討会を催したりする必要があるのではないでしょうか。

こうしたICT活用等にかかる影響は、少しずつ積み上がって、やがて大きな問題として浮上する可能性の高いテーマです。今から、しっかりと検証する機会が求められます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。