介護現場を浸食する深刻な物価上昇 臨時の報酬改定も必要になる可能性

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今年前半からの急速な物価上昇は、介護事業経営にも深刻な影響をおよぼしています。大手事業者の記者会見では、今年4・5月時点で水道光熱費が前年同月比4割増などの厳しい状況が明かされました。コロナ禍の急拡大も加わる中、国の支援策が行き届くのかどうかが介護基盤を左右しつつあります。

公表済の消費者物価指数よりも状況は深刻?

総務省が公表した今年5月の消費者物価指数(最新統計)は、前年同月比で+2.5%と4月と同水準で上昇しています。生鮮食品およびエネルギーを除いた上昇は+0.8%にとどまるので、事業所・施設経営を左右する水道光熱費や移動にかかるガソリン代、利用者への食事提供にかかる費用は、+2.5%よりもさらに上昇していることは明らかです。

6月については現時点(7月18日)で未公表ですが、東京都区部に限定した速報値は、一服感はあるものの依然として前年同月比+2.3%にのぼります。6月以降は気温上昇によるエアコン使用の頻度が上がるほか、暑さを考慮したうえでの利用者の栄養補給への対処も課題となります。つまり、すでに明らかになっている状況以上に、現時点で介護事業の経営圧迫は深刻化していると考えられます。

国の交付金活用によるさまざまな自治体施策

こうした厳しい状況に対し、政府は今年4月の総合緊急対策で新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金を拡充し、「コロナ禍における原油価格・物価高騰対応分」となる枠組みを新たに設けました。この枠組みなどを活用しつつ、自治体ごとに補正予算で「原油価格・物価高騰対策」にかかる個人・事業者向けのさまざまな対策を打ち出しています。

今年6月29日時点で、総務省が把握した自治体による対策の一例をあげてみましょう。

たとえば、山形県では「原油価格・物価高騰の影響を受ける事業者に対する緊急支援給付金」として、法人で10万円の支援が行われる予定です(4~6月のいずれかの月で一定以上の売上減が見込まれることが要件)。また、宮城県仙台市では、「高齢者福祉施設等に対する食材料費の助成事業」を実施しています。こちらは、入所施設の助成単価が1万3,300円。これに利用者数や開所期間等を乗じるなどで支給額を決定しています。

また、光熱費に絞った負担軽減策としては、たとえば神奈川県のある自治体で以下のような対策が見られます。それは、前年度の電気使用量が一定以上の場合に、前年同時期との電気料金の差額(通年換算)の2分の1を補助するというものです(補助上限100万円)。

物価上昇の長期化によって起こりうること

こうした自治体独自の施策は、今後もさらなる拡充が図られると思われます。各事業所・施設としては、自治体のHP等を丹念に確認しつつ、利用できるものがないかどうかについての情報収集が欠かせません。

問題は、今回の物価上昇がさらに長期化する様相を見せていることです。介護事業の場合、利用者からの費用徴収を上乗せできる範囲は決して広くありません。光熱水道費や食材費がさらに上昇するとなれば、国や自治体が打ち出すさまざまな支援策も追いつかないほどの経営圧迫につながる恐れがあります。

そうなった場合、介護事業所・施設で今でも取り組まれているさまざまなコストカットに関して、さらに範囲を広げざるを得ないというケースも増えてくるでしょう。

たとえば、「利用者に影響がおよばない範囲」での照明や空調をOFFにするという動きも見られます。しかし、その範囲が広がってくると、それが「利用者の健康や安全に影響を与えないかどうか」という検証が追いつかなくなる可能性もあります。結果として、利用者の状態悪化が進むとなれば、自立支援や重度化防止を進めるどころではなくなります。

仮に、著しい状態悪化から「(入院等での)サービス離脱」が進めば、稼働率の低下で経営悪化がさらに進むという悪循環が業界をおおう懸念も高まるでしょう。

2019年10月の消費増税時と比べてみると…

そうなると、介護報酬の引き上げという手法も視野に入ってきます。たとえば、2019年10月の消費税アップに合わせて介護報酬の期中改定が行なわれています。その時の改定率は+0.39%でした。ちなみに、その時の物価上昇率は、前年同月比で0.2%の上昇にとどまっています(消費者物価では、消費税の引き上げ分も含めた数字を公表している)。

こうして見ると、今年4・5月の前年同月比+2.5%は異常な数値であり、その影響の長期化も含めて考えると、時限措置になりやすい交付金より、やはり介護報酬の期中改定に着手すべき時期に来ているのかもしれません。

もちろん、「それでは利用者負担も上がってしまう」という懸念もあるでしょう。そのあたりは「介護保険利用者世帯等への給付金」でカバーするという方法も考えられます。

さらに、今回の物価上昇がより長期化するとなれば、2024年度の報酬改定への反映も必要となります。最新の介護事業経営概況調査は今年5月に実施されましたが、以後も臨時的な調査を行ないつつ、物価上昇下の経営状況を正確に把握する必要があるでしょう。水面下で深刻な事態が進行しているという認識のもと、機動性の高い施策が求められます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。