急速に高まる現場の腰痛リスク より強い規定と予算措置も不可欠に

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厚労省が、今年5月から「転倒防止・腰痛予防対策のあり方に関する検討会」を開催しています。その第4回会合で、検討事項の中間整理案が示されました。介護現場においては、特に腰痛予防対策が大きな課題となっています。今後、どのような施策が展開されるでしょうか。また、現場がなすべき対応とは?

「腰痛」で「休業1か月以上」も少なくない

さまざまな業界の中でも、労働災害の深刻度が特に増しているのが社会福祉施設です。5月の検討会で示されたデータでは、2017年と2021年の比較で、休業4日以上の死傷者数の割合は、社会福祉施設で37.8%増。これは、飲食店(7.9%増)や小売業(20.6%)など重点業種とされている業種でトップです。

その内訳ですが、2019年度のデータでは、「動作の反動・無理な動作」による腰痛などが41%、「転倒」が39%にのぼります。そのうちの腰痛などは、介助作業などで発生したケースが84%に達しています。

ちなみに、休業1か月以上という重篤な状況では、「転倒」が64%と多くなりますが、「動作の反動・無理な動作」も43%あります。介助作業という日常的な業務を通じ、その後の生活に大きな支障をきたすような深刻なケースも少なくないといえます。

従事者と利用者のダブル高齢化でリスク急増

こうした介護現場の腰痛等のリスクは、何らかの対策を講じなければ、今後さらに増大していくことは間違いありません。

背景の1つが、介護従事者の高年齢化です。就業者全体に占める高齢者(65歳以上)の割合は、全産業では13.6%(2020年度・総務省統計より)。これに対し、介護職員は10.6%(2021年度・介護労働安定センターの介護労働実態調査より)。訪問介護員は25.4%と非常に高い数字ですが、施設等の介護職員に限っては相対的には高いとは言えません。

とはいえ、上昇傾向が続いていることに違いはありません。若年の従事者と比較して腰痛リスク等が高いことを想定すれば、「動作の反動・無理な動作」による健康被害が、従事者の現場離脱を引き上げることは確実です。

もう1つの背景が、2025年に団塊世代が全員75歳以上を迎え、要介護者の高年齢化も進むことです。重度化防止の施策を進めても、ADL低下や認知症の増加は一定程度進むのは確実で、「腰痛等のリスクが特に高い起居動作の介助(ベッド上、ベッド移乗作業が介助作業における労働災害の半数を占める)」が増え、同時に「動作介助にかかる利用者の協力動作」が得にくくなることが想定されます。

となれば、介助する従事者側の身体に、過剰な負担がかかりやすくなります。ただでさえ腰痛リスクの高い高年齢従事者が増える中、介助場面で負担がかかりやすくなっているというダブル要素が加わることにより、腰痛等のリスクはある時点から加速度的に高まることを考える必要があるでしょう。

腰痛防止の取組みに特化した「加算」も?

こうした状況を受け、冒頭の検討会の中間整理案では、「介護技術(ノーリフトケア)や介護機器等の導入など、すでに一定程度の効果が得られている腰痛の予防対策については、積極的に普及を図るべき」と記されました。また、「『ノーリフトケア』等に取り組む介護施設等優良事業場」の公表によって、「好事例の展開」を図ることも示されています。

しかし、先に述べた今後のリスク増大を考えれば、これまでの施策のさらなる推進といった「延長策」でいいのかという議論もあるでしょう。タイミング的には、2024年度の制度見直しに向けた議論が進んでいることから、新たな制度化が図られる可能性もあります。

現状では、各種処遇改善加算における職場環境等要件(6区分)で、「腰痛を含む心身の健康管理」が定められています。また、見守り機器等を利用した場合の基準や加算要件の緩和に際して「安全体制の確保」の要件も設けられています。その中に「職員の負担軽減のための委員会設置」などがあります。

こうした施策から一歩進めるとなれば、腰痛リスク軽減の対策を運営基準上で明確にしたり、従事者の腰痛防止に取組むことを重点的に要件化した加算などが考えられます。このあたりは、2023年の介護給付費分科会などで議論されることになるでしょう。

労働基準法改正も視野に、予算措置にも注目

ただし、現場従事者を守るという観点からすれば、やはり労働基準法内でしっかり定めることも求められます。現在の労働基準法では、満18歳の男性(女性の場合は、女性労働基準規則で規定)の扱う重量の制限について法令上の規定はありません。自治体あてで、「職場における腰痛予防対策の推進について」という指針が通達されているだけです。

たとえば、最近では「従事者の体重と身長」を登録すると、重い物を持った際の腰にかかる負荷が測定されるというスマホのアプリなどが開発されています。介助対象となる要介護者の体重測定はもちろん、こうした従事者にかかる負荷を数値化する新たな技術・サービスなどを推奨したうえで、より強い法的規制も視野に入れるべきではないでしょうか。

もちろん、どれだけのコストがかかるかを想定し、それに対応した補助金の設定、あるいは報酬への反映なども前提となるでしょう。最終的に、具体的にどこまで予算化できるかを次のステップとしたいものです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。