これからさらに大きくなる論点 「応能負担」の「応能」をどう考えるか?

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11月28日の介護保険部会で、注目テーマである「給付と負担の関係」が議論されました。利用者側の各種負担増や給付制限にかかる論点では、全体的に見送りを求める意見が目立つ一方、「現役世代の負担増」への懸念から少しずつでも実現を求める意見も見られます。今後の展開はどうなっていくでしょうか。

「現役世代の負担」をめぐる対立の構図

部会では、直近の出生数がさらに低下しているといったデータも取り上げられ、将来的な現役世代のさらなる減少による深刻な状況を訴える意見も出ています。一方で、利用者負担増や給付制限は、ただでさえ世帯内家族数が減少する中、家族の介護負担をさらに増やすという観点から、やはり「現役世代の負担が増す」という懸念も示唆されています。

現役世代の負担という点で整理すると、一方は「保険料負担等の増加を抑える」ために「利用者負担を増やしたり給付制限を行なう」という立場。もう一方は「家族介護負担の増大を防ぐ」ために、サービスの利用控えにつながる「利用者負担増や給付の制限は避けるべき」という立場…という構図になります。

今回は、物価の急上昇やコロナ禍での活動制限からの重度化傾向の高まりという点で、恐らく後者の流れで2024年度の見直しが決着する可能性は高いでしょう。ただし、現役世代や中小企業の保険料負担が増大していくことも間違いない中、その次の改革に向けた布石にも注意することが必要です。

現場従事者の考えは? 負担増への複雑心境

ここで1つ頭に入れておきたいことがあります。それは、介護現場で働く従事者の多くも「現役世代」であり、そうした世代の減少にともなう保険料負担も増えていく点です。

介護現場で働く立場としては、利用者負担増等による「サービス利用控え」が生じた場合の重度化などは「何としても防ぎたい」というのが職業倫理上の考え方でしょう。

一方で、従事者自身にも生活があり、特に子どもがいる人の場合、「その子にかかる将来の負担はどうなっていくか」という心配も募ることになります。そうなると、「自身の職業人生」について真摯に考えている人ほど、アンビバレンツ(正反対の心理状況)な立場に置かれることになります。

実際、今年8月にNCCU(日本介護クラフトユニオン)が公表した組合員対象の就業意識実態調査では、「ケアマネジメントへの利用者負担導入」や「要介護1・2の生活援助の総合事業移行」について、考え方にバラつきが見られます。これも、現場従事者の複雑な心理を反映しているといえます。

要介護1・2の総合事業移行をめぐっては…

こうした現場従事者の心情について、職能・業界団体もきちんとくみ上げつつ、議論を重ねるという機会を増やすことが必要です。現場レベルでの合意形成がしっかりしていないと、負担増や給付制限を押しとどめようとする波も限界が生じかねません。

ましてや、介護保険財政の厳しさがさらにクローズアップされる中では、仮に利用者負担増等が回避されても、2023年の介護給付にかかる議論で「報酬の大幅引き下げ」が必ず遡上にのぼるでしょう。この流れが加速してくれば、従事者側の生活不安もさらに高まりかねません。必然的に、「サービスの質を維持するには、利用者に一定の負担を求める必要がある」という見解が、従事者の間に広がっていくことが想定されるわけです。

もちろん、要介護1・2の一部サービスを総合事業に移行するというのは、それが本当に財政改善に結びつくのかという点は不透明です。要介護1・2の人でも認知症のBPSDが一定程度悪化している状況も多々見られる中、総合事業への移行による現場の混乱は大きくなる可能性も無視できません。費用の上限規制が厳しくなれば、従事者にとっては自分たちの生活にもかかわります。

その点で、上記の「総合事業への移行」にかかる懸念・反発は、現場従事者の間にこれから先も根強くなっていくと思われます。その一方で、2割負担者の拡大やケアマネジメントへの利用者負担導入については、やはり揺れ動きを強める可能性もあります。

現場の合意形成を確かなものにするポイント

そこで関心が高まるのは、応能負担の考え方です。つまり、「負担できる人には負担してもらう」という考え方のもと、その「負担できる人」の線引きをどうするかという点です。今後、現場を含めた合意形成を図る中では、この点を事業者も従事者もしっかり意見統一を図っていくことが求められます。

28日の介護保険部会の議論では、上記の「線引き」をめぐって「高齢者の生活実態」の調査を求める声が目立ちました。単純に収入や所得で「線引き」をする前に、同じ収入・所得レベルの世帯でも「生活状況は異なる」点を考慮するための実態把握といえます。

国としては、上記の「線引き」を明確にするためにマイナンバー等を活用した資産把握の強化という方向性を強めることが想定されます。しかし、それはあくまで一律の把握を強化するためのものであり、先の「生活実態の把握」からは乖離しています。

これから先、大きな論点となっていくのは、この応能負担の「応能」をどう解釈するのかという点でしょう。現場での合意形成を図るうえでも、「応能」の解釈について当事者・事業者・職能の各団体も「それぞれの考え方」をしっかり固める必要がありそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。