2022年12月に、厚労省が高齢者虐待の防止等に関する法律にもとづく、2021年度の調査結果を公表しました。まず目に入るのは、養介護施設従事者等による虐待が、相談・通報件数、判断件数ともに過去最多を記録したことです。虐待の判断件数に至っては739件と、初めて700件台に達しています。
コロナ禍の把握困難続くも一転して過去最多
前年度(2020年度)調査では、従事者等による虐待は判断件数で初めて、相談・通報件数で11年ぶりに減少に転じました。ただし、新型コロナウイルス感染拡大による施設等の面会制限などで「実態が表に出にくくなっていたのでは」という指摘も一部でありました。
仮にそうだとして、2021年度も(オンライン面会などは進みましたが)状況的には大きく変わったわけではありません。そうした中、一転して過去最多となったのは、どのような背景が考えられるのでしょうか。
2021年度といえば、コロナ禍に加えて介護報酬・基準改定が行なわれた時期でもあります。たとえば、高齢者虐待防止に関する基準の強化などによって、組織内部での実態把握が進んだ可能性もあります。逆に、各種基準改定等で現場の実務負担が増し、職員のストレス等が増していることも考えられます。
ここでは、調査内の個別データを取り上げ、現場で何が起こっているのかを探ります。たとえば、従事者による虐待の具体的状況について、コロナ禍の前と後の変化も把握できるよう、2019年度調査と比較してみましょう。
伸びが目立つのは、心理的虐待や介護等放棄
2019年度調査と比較した場合、従事者による虐待の相談・通報件数は「2,267件⇒2,390件」で123件(5%)の増加、判断件数は「644件⇒739件」で95件(14%)の増加となっています。判断件数の伸び率が高いのは、国のマニュアル・研修で市町村の判断力が上がっていることも想定されます。一方で、明確な事象が増えているとすれば、虐待事例そのものの深刻化も考える必要があります。
まず、虐待(被虐待者が特定されたケース)の具体的な内容にスポットを当ててみましょう。両年度を通じてもっとも多いのが「身体的虐待」で、その伸びも「637件⇒703件」と66件(10%)増となっています。
ただし、それ以上に伸びが著しいのが「心理的虐待」で、「309件⇒521件」と212件の増加。伸び率にして、実に7割近くとなります。「介護等放棄」も「212件⇒327件」と115件(54%)増と伸びが目立っています。
ケガやあざなどの痕跡が残りやすい「身体的虐待」と比べ、「心理的虐待」や「介護等放棄」は利用者の訴えや意欲低下、家族や従事者による見聞きと指摘といった、さまざまな状況把握を積み重ねたうえで「虐待が行われた」という判断に結びついていきます。つまり、周囲の問題意識や洞察力によって事実が浮上するか否かに差が生じやすいといえます。
通報者は「その施設の職員」の伸びが目立つ
ここで、従事者による虐待の相談・通報者の内訳に着目してみましょう。「本人による届出」は「41人⇒47人」と微増にとどまります。一方、「家族・親族」は「499人⇒357人」と142人(28%)の減少。やはり、コロナ禍での面会制限などによる影響がうかがえます。
これに対し、伸びが著しいのが「当該施設職員」で「628人⇒808人」と180人(28%)増となっています。その他、「当該施設元職員」で「188人⇒243人」と55人(29%)増、「当該施設管理者等」で「401人⇒443人」と42人(10%)増という具合です。
ちなみに、2020年に派遣先の拡大や研修の拡充が行われた介護サービス相談員ですが、こちらは名称が介護相談員であった2019年度と比較すると相談・通報の人数は「26人⇒12人」とほぼ半減しています。医療関係者やケアマネ、包括職員も微増か減少となっていて、その分「該当する施設に従事している・いた」という人の存在が際立ちます。
従事者の意識は高まっても防げない背景とは
こうして見ると、その現場で従事する人の意識の高まりが、虐待の早期発見、さらには心理的虐待から身体的虐待へのエスカレートの防止につながっている可能性が浮かびます。とはいえ、身体的虐待を含め、判断件数が増えているのは懸念されるべき状況でしょう。
つまり、以下のようなことが考えられます。2021年度の基準強化(虐待防止のための指針の策定、研修の実施、委員会の開催など。2024年3月末までの経過措置あり)により、現場における虐待防止に向けた従事者の意識は高まってきた。それにより、早期発見の体制も築かれつつある。一方で、深刻な虐待事例は依然として増加傾向が続いている─。
要するに、(1)従事者の意識向上などの努力だけでは防げない状況が高まっている可能性と、(2)虐待防止に向けた体制が整っているケースと逆に厳しさを増しているケースの二極化が進んでいることが浮かび上がるわけです。
ちなみに、虐待の発生要因では、「職員のストレスや感情コントロールの問題」とする回答は減っている一方、「虐待を助長する組織風土や職員間の関係性の悪さ、管理体制等」の増加が目立っています。このあたりも、従事者個人の問題というより、組織のあり方が深くかかわりつつ傾向が浮かんでいます。
こうした中で、2024年度改定に向けて、一律に人員基準の緩和などを進めていいのかどうか。それによって、組織風土が壊れないようにするにはどうすればいいかという観点からの議論の強化が求められそうです。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。