「保険あってサービスなし」が現実に!? 介護資源の危機的状況をどうするか

イメージ画像

介護保険制度がスタートした当初、「保険あってサービスなし」になることの懸念がよく語られていました。独立行政法人・福祉医療機構のリサーチ結果や東京商工リサーチによる倒産・休廃業データを見ると、上記の懸念が現実となりつつあります。サービス調整を行なうケアマネとしても、大きな試練です。

介護保険そのものの信頼性が揺らぐ事態に

福祉医療機構のリサーチによれば、介護主体の社会福祉法人は、2021年度の赤字法人が4割を超えました。過去5年は3割台前半で推移していた状況からすると、業界の経営状況が悪化した様子がうかがえます。

同機構が同時期に公表したリサーチでは、通所介護の経営状況に特化したデータも上がっています。こちらでは、2021年度の赤字事業所の割合は46.5%で、対前年度から4.6ポイント上昇しています。法人の収益性を示す経常増減差額も全体で1.7%まで悪化し、特に近年は、規模の大きさで経営的に有利なはずの通常・大規模事業所の苦境が目立ちます。

国税庁が発表したデータでは、全産業の赤字法人率は2019年度で6割超となっています。それに比べれば…という声もあるかもしれませんが、介護の場合は社会保険制度で成り立っているしくみです。赤字法人が急拡大すれば、倒産や廃業、撤退につながるわけで、まさに「保険あってサービスなし」の危機が高まっています。被保険者としては、「高い保険料を払っているのに…」という意識が高まるのは当然で、介護保険制度そのものの信頼性を大きく揺るがす事態になりかねません。

コロナ禍に始まる複合的な要因の積み上がり

ここへ来ての介護事業の経営悪化をもたらしている要因といえば、やはり新型コロナの感染拡大が最初に思い浮かびます。国はかかり増し経費の助成や通所系サービスにおける報酬上の特例などを打ち出してきましたが、それが追いつかない状況が見てとれます。

たとえば、コロナ禍に加えて物価高による物品や燃料費等が高騰したこと。さらに、全産業の有効求人倍率が持ち直す中で、介護業界での人材確保の厳しさが増し、経営体力以上の人件費コストをかけざるを得なくなったこと。そうした複合的な要因が、ここへ来て一気に積み上がったことがうかがえます。

2021年度以降も物価上昇がさらに続き、有効求人倍率もさらに高まっている点を考えれば、介護事業全体の経営的な苦境はさらに厳しくなっていることは間違いありません。
介護業界の職業別労働組合であるUAゼンセン日本介護クラフトユニオンは、2022年末に厚生労働大臣あてで「臨時介護報酬改定・介護従事者の処遇改善策の拡充」を求める要請書を出しました。2024年度改定では「間に合わない」という危機感からのものでしょう。

サービス不足でケアマネもプレッシャー増大

しかしながら、政府は臨時の報酬改定等の動きは示していません。今は2024年度の議論に注目する他はありませんが、報酬の上乗せよりも業務効率の改善や人員基準等の緩和の議論が先行する可能性も高そうです。仮に報酬引下げなどの流れが色濃くなれば、地域によっては事業所の撤退・廃業が加速し、サービス不足はより深刻となりかねません。

ちなみに、居宅介護サービスでの利用率が高い訪問・通所介護は、全体の事業所数は伸びています。しかし、地域格差は依然として深刻で、特に高齢者人口と労働力人口のバランスが取りにくい地域の中には、介護事業所のほとんどが廃業・撤退の予備群となっている状況が当たり前になりつつあります。

これは、サービス調整を手がける居宅のケアマネにとっても大きなプレッシャーとなります。ニーズに叶ったサービスが手配できないとなれば、(インフォーマル資源も含めた)代替え手段の模索や利用者をいかに説得するかなど、ケアマネにとっては際限なき負担増がのしかかってくることになるでしょう。

地域区分の誘導的な見直しや公費の投入も

地域によってケアマネの精神的・体力的負担が一気に大きくなれば、当然ケアマネ不足も加速します。サービス資源もなければ、調整役もいないという事態が生じるわけです。

この悪循環を押しとどめるには、報酬全体の引き上げもさることながら、地域ごとの単価設定のあり方を大胆に見直すことも必要になりそうです。地域区分は公務員の地域手当に準拠させることが原則となっていて、2021年度改定でも特例や経過措置の適用が行われています。しかし、現状で資源の偏りが進むことを想定すれば、不足の地域への「事業者や従事者の誘導」を図るうえで、誰が見ても分かるインパクトが必要になるでしょう。

さらに、サービス資源の不足リスクが高い地域については、自治体だけではなく、国の責任で最新の実態把握を進めることが急務です。そのうえで、やはり国の責任のもと、公費の投入によりサービス資源の立て直しを図るしくみも論点とすべきではないでしょうか。

新たな財政拠出などは現実的に難しいかもしれませんが、それだけ介護保険制度の土台が揺らいでいることは無視できません。2024年度改定に向けた介護給付費分科会の議論、そして現在開かれている通常国会でも、「制度が瀬戸際に追い詰められている」という認識をどこまで共有できるかが問われています。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。