2024年度の介護報酬改定を左右するのが、介護事業経営にかかる調査です。2月1日の介護給付費分科会では、2022年度の概況調査の結果案に続き、2023年度の実態調査の実施に向けた基本方針や調査票の案も示されました。特に注意したい点などを取り上げます。
2022年度概況調査から見える状況を整理
2023年度の実態調査の実施時期は、今年5月です。その時点で、2022年度決算の状況が反映されます。調査結果の公表時期は、今年10月。介護給付費分科会の議論が大詰めを迎えると同時に、2024年度予算にかかる政府内折衝が行われるタイミングです。そこで全体の改定率が示されるわけですが、上記の実態調査の結果も重要ポイントの1つとなります。
すでに結果案が公表されている2022年度の概況調査では、新型コロナの感染拡大前の2019年度決算と2021年度決算との比較を見ることができます。全体的に、収支差率の増減はサービスごとのバラつきが目立ちます。
たとえば介護保険施設は、コロナ関連補助金を加えたケースでもおおむねマイナスに。居宅系では、特にマイナス幅が目立つサービスとして、通所介護や訪問入浴介護、短期入所生活介護があげられます。一方、プラスとなっているのが、居宅介護支援や福祉用具貸与など。これだけを見ると、サービスごとにメリハリをつけた改定が予想されそうです。
物価上昇を上回るプラス改定が目指されるが
問題は、これから実施される2023年度の実態調査です。対象となるのは2022年度決算の内容ですが、ここでは引き続きコロナ禍での収益減に加え、加速する物価上昇にともなうコスト増の影響もはっきりと現れてくることは間違いないでしょう。
特に後者の物価上昇を考慮すれば、本来なら「物価上昇率を上回るプラス改定」が目指されてしかるべきでしょう。先に述べた2022年度の概況調査の結果を加味すれば、「全体的に基本報酬を一定程度引き上げた」うえで、「上乗せ分はサービスごとにメリハリをつける」という流れになるのが自然といえます。
しかし、実際の改定は「予想以上に厳しくなるのでは」という見方もあります。昨年の介護保険部会の取りまとめなどで、利用者にかかる負担増のほとんどが見送りとなったこと。さらに、現政権における子育て支援策への予算配分が手厚くなることへの影響。物価上昇の折、被保険者の社会保険料負担が引き上がることへの抵抗が大きいこと──など、さまざまな要因が想定されます。
これらに加え、注意しなければならないのが、2023年度の実態調査における「基本方針」の一部に変更が加わったことです。
2023年度実態調査の項目変更でどうなる?
今実態調査の基本方針のうち、もっとも注目したいのが、「特別損益に関する項目」に加筆された部分です。具体的には、事業所の特別利益の実態を把握する観点から、内訳として「本部から事業所への繰入れ」についての調査項目を追加するとしています。
これまでも、特別損失である「事業所から本部への繰入れ」は調査項目に示されてきました。一方で、特別利益となる「本部⇒事業所」へのお金の流れは反映されていません。つまり、今までの調査では「損失」のみの反映で収支差率が導き出されていたわけです。
この点については、財務省の財政制度等審議会が取り上げ、上記の特別利益が反映されないことで「収支差に偏りがある(実際は、調査結果よりも収益率が上昇している)」と指摘しています。財務省側の建議では、この点をもって「介護報酬のプラス改定をすべき事情を見いだせない」と結論づけていました。
これを受けての厚労省側の対応ですが、2022年度の概況調査では「特別損失・利益の現状については、別途実態について精査を行なう必要がある」ことから見送りに。今回の2023年度の実態調査から「特別利益(本部⇒法人)」の項目の追加が生じることになります。
5割以下の有効回答率を上げることも課題
ところで、こうした介護事業経営にかかる調査において、厚労省として頭の痛い問題が調査票の有効回答率が全体で5割切っていることです。前回2020年度の実態調査の有効回答率は45.2%。2022年度の概況調査でも48.3%とやはり5割を切っています。
調査対象の抽出は、層化無作為抽出(事業所の特性を考慮した集団ごとに無作為抽出を行なう方法)です。その時点で事業所規模などのバラつきは抑えられますが、有効回答率が低ければ、偏りが生じる可能性も高くなります。たとえば、経営的な厳しさが増す小規模事業所の場合、調査票記入の手間が負担となって回答率が鈍る可能性もあるでしょう。
ちなみに、調査では別サービス区分とされていますが、通所介護と地域密着型通所介護を比べると、前者の有効回答率が5割を超えているのに対し、後者は4割を切っています。これを見ても、事業所規模で有効回答に偏りが生じることは十分考えられます。
厚労省も手をこまねいているわけではなく、今回の実態調査票では調査項目の簡素化や本部による一括送付などの手法も図られました。しかし、どこまで偏りなく回収できるかは、10月の結果を待たなければなりません。
いずれにしても、マイナス改定の圧力が強くなる中で、今回の実態調査がダメ押しとなりかねません。今調査とは別に、経営環境の厳しさにかかる現場からの声をいかに強く上げていくかも重要なポイントとなりそうです。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。