開催中の通常国会に提出された健康保険法等の改正案では、目玉の1つに「こども・子育て支援の拡充」があります。この部分の財源に、75歳以上に適用される後期高齢者医療制度からの支援をあてるしくみが示された。「高齢者も支え手」という全世代型社会保障のビジョンが明確に示されたことになります。
「出産育児一時金」を後期高齢者が支援する
今改革の具体的な内容を見てみましょう。「こども・子育て支援」のうち、健康保険制度に関連して政府が打ち出したのが「出産育児一時金」の増額です。ご存じのとおり、正常分娩での出産にかかる費用には、医療保険が適用されません。代わりに、加入する・被扶養者となっている健康保険から一時金が支給されます。これが「出産育児一時金」です。
政府は、この一時金の金額を2023年4月から「原則42万円⇒50万円」に引き上げることを決めています。問題は引き上げ分の財源です。これをまかなうため、今法案では各保険者に対して出産育児一時金にかかる費用を支援するしくみ(出産育児交付金)を作ろうとしています。この一部に、後期高齢者医療制度の保険料があてられる予定です。
ちなみに、この後期高齢者医療制度からの支援は対象額の7%。導入は、2年ごととなっている後期高齢者医療制度の保険料率の改定に合わせて2024年度からが想定されています。タイミング的には、次の介護保険制度および介護保険料の見直しと重なります。
政府の試算では1人あたり月50円増だが
2024年度からの介護保険の1号保険料のしくみがどうなるかについては、標準的な保険料段階の見直しや高所得者の保険料の乗率の引き上げなどがこれから議論されます。ここに、介護費用の増大による平均的な保険料の増額も加わるのは確実でしょう。
こうした状況の中、先に述べた改革によって、75歳以上の人は後期高齢者医療にかかる保険料の引き上げが加わることを見すえなければなりません。社会保障審議会・医療保険部会に提示された試算では、2024年度ベースで1人あたりプラス月50円としています。
これだけを見ると「少子化を防ぐのに、この程度の金額なら我慢しなくては」と思いがちです。ただし注意したいのは、政府が進めようとしている後期高齢者医療にかかる見直しは、これだけではないという点です。
後期高齢者医療制度については、75歳以上の保険料に加え現役世代(74歳以下)の各保険者からの支援金で成り立っています。この配分ですが、やはり2年ごとに見直されます。
現役世代への配慮も。後期高齢者の負担は?
見直しのポイントは、現役世代が減り続けている点です。その分を後期高齢者の保険料の増額でまかなうことになりますが、年金が主たる収入となる後期高齢者の負担が急速に増すことになります。そこで、現行では「後期高齢者側の増額分」を、後期高齢者と現役世代で折半するというしくみになっています。
ところが、制度スタート時と比べて、後期高齢者側の負担は1.2倍増に対し、現役世代は1.7倍増と伸びが加速しています。そのため、1人あたりの負担が主たる負担者である後期高齢者と、支援を行なう現役世代で差が縮まっています。2008年時点で2000円以上の開きがありましたが、2022年時点の見込み額ではほぼ100円にまで縮小しています。
そこで、今回の制度見直し案では、両者の負担の伸び率そのものが同じになるように、後期高齢者側の負担率を見直すとされました。これによって、75歳以上の保険料はさらに増えることが予想されるわけです。
もちろん、こちらも「後期高齢者の負担がいきなり伸びる」というわけではないでしょう。政府としては、低所得者への配慮も打ち出していく予定です。しかし、長い目で見れば、所得の高い人を中心に高齢者の社会保障を担う範囲・金額を増していくという流れは、今後さらに加速するのは間違いなさそうです。
健康保険法改正案から浮かぶ介護保険の未来
このトレンドが社会保障制度全体のあり方に浸透していけば、介護保険制度もこの路線上に載せられていくのは確実です。たとえば、65歳以上が負担する1号保険料と40~64歳が負担する2号保険料のあり方、そして1号被保険者がサービスを利用した場合の負担と給付の関係などが焦点となるでしょう。
前者では、平均的な1号保険料の伸び率を2号保険料の伸び率が上回っています。今後、2号被保険者が減少するなら、人口比による按分で保険料を決定するのではなく、ここでも「負担の伸び率を揃える」というやり方が浮上するかもしれません。被保険者範囲を若年世代まで拡大するという議論もありますが、こちらの導入はハードルが高いでしょう。
後者では、昨年の介護保険部会でも示された「2割負担者の拡大」や「ケアマネジメントへの利用者負担導入」などが再び論点となり、全世代型社会保障の名目のもとで実現に走るという流れが強まるかもしれません。想定されるのは2027年度の見直し時期です。
つまり、今回の健康保険制度の見直しは、「介護保険制度を含めた社会保障全体」を貫く1つの路線が開かれたと見るべきでしょう。今後は、私たち一人ひとりが(政府任せではなく)「世代間でどのように意見をすり合わせていくか」が問われます。不毛な世代間対立を生まないための知恵がますます必要です。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。