厚労省は、介護サービス情報公表制度での従事者に関する情報に、「1人あたりの賃金等」も含めるとしています。事業者の積極的な賃金引き上げにつなげることが目的ですが、もう1つ重要なのは、利用者や求職者等の事業者選択に資するものになるかという点です。
賃金額の公表だけでは、足りない部分
介護サービス情報公表制度の対象となっている従事者情報は、職種別の人数(利用者1人あたりの人数含む)や勤務形態、経験年数、保有資格、資質向上に向けた取組みの実施状況等となっています。ここに「1人あたりの賃金等」を含めるというものです。
これについて、単純に職種別・任用要件別・経験年数別の平均とするだけでいいか──など、さまざまな見方があるでしょう。たとえば、規模の大きな事業所などで昇給要件が詳細に設定されている場合、従事者ごとの賃金の偏差にバラつきが生じることもあります。
そうなると、利用者や求職者など外部の人にとっては、金額表示だけでは「その賃金額が適正かどうか」は判断がつきにくくなります。このあたりをすっきりさせるには、(各種処遇改善加算の要件を満たしているか否かにかかわらず)先の「昇給要件」を「部外者にもわかりやすい形」で公表対象とするというしくみを設けることも必要でしょう。
賃金決定の「プロセス」こそが知りたい
たとえば、賃金額や昇給額、あるいは各種手当の設定に際して、事業所ごとに一定の指標があるとします。その指標を「見える化」して、公表対象とするという方法も考えられます。「指標の見える化を図っていない事業所の場合、事務負担が大きくなりすぎる」というのであれば、厚労省が一定のフォーマットを作り、該当する昇給要件等にチェックを入れるというやり方もあるでしょう。
賃金額を「結果(アウトカム)」とすれば、こちらは賃金額決定に向けた「過程(プロセス)」と位置づけられます。この両者を公表することにより、法人および事業者が、「現場従事者とどのように向き合っているか」が明らかになります。求職者にとっては、「入職した後の働き方のイメージ」がつかみやすくなり、利用者にとっては(間接的ではありますが)「サービスの質」を見立るヒントとなります。
特に「職業人生をしっかり歩みたい」と考える求職者にとっては、「入職後の賃金」というアウトカムだけでなく、「その後の働き方と昇給の関係」というプロセスへの関心が高いはず。逆に言えば、こうしたアウトカム+プロセスをセットで提示することが、「長く働き続ける人材」の確保につながるといえます。
事業者も主体的に考えたい情報発信のあり方
もちろん、法人・事業者の中には「公表できるようなプロセスを構築してこなかった」というケースもあるでしょう。そうなると「公表のための指標づくり」といった付け焼刃になってしまう懸念も確かにあります。
しかし、たとえ付け焼刃でも、一定の指標を作るということは、現場従事者との「約束事」に位置づけられます。もし事実と異なるのであれば、従事者が処遇に対する意見を訴えるきっかけにもなりやすいでしょう。いずれにしても、経営側と従事者側の新たな関係づくりを呼び起こす可能性が高まります。
こうした点を見すえたとき、介護サービス情報公表制度という公的なしくみとは別に、法人・事業者として「求職者が求めている情報とはどのようなものか」を改めて考える必要がありそうです。これから労働力人口の減少が加速する時代に、求職者にきちんと選んでもらえる組織とは何か。それを伝える発信力とはどのようなものか──国の改革を待つまでもなく取り組みたい課題といえます。
ヒントの1つが、本コーナーでも何度か取り上げている「労働者協同組合」です。2022年度の全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議でも、老健局(介護保険管轄)以外のプレゼンとして、この新法人「労働者協同組合」の話が取り上げられました。厚労省も、地域の介護サービス資源の担い手として、いかに期待を寄せているかが分かります。
労働者協同組合の合意形成のあり方にヒント
ご存じのとおり、労働者協同組合の基本原理は、組合員が出資しつつ事業に従事するとともに、事業の実施にあたって「組合員の意見が適切に反映されること」があげられます。具体的には、「組合員の間で、平等の立場で話し合い、合意形成を図る」というものです。(意見反映の方法は定款に明記、議決権は出資額にかかわらず組合員1人1票)
プレゼンでは具体事例も示されています。その中に、組合員の処遇に対する意見交換の様子が示されています。たとえば、時給アップを組合員が歓迎する一方、経営の持続性への懸念の声も上がり、時給アップのための原資の確保策を議論したという話。あるいは、通勤手当を定額制とする案に対しての賛否をもとに、話し合いが実施されたという内容。
いずれも、国の資料内での事例に過ぎません。しかし、「処遇に対して、現場からどのような意見が出ているのか」、「組織内の話し合いはどのように進んでいるのか」という流れは、これから介護業界に進もうという人にとって、関心度の高い情報に違いないでしょう。
こうした「プロセス」を、いかに分かりやすく具体的に発信していくかは、これからの人材確保にとって大きなカギとなります。自法人・自事業所としては、「問われる情報発信力とは何か」を改めて考えたいものです。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。