依然として厳しい介護現場の人手不足。昨年後半からは、コロナ禍で休止・縮小していたサービス事業の再開等により、不足感が加速している状況が浮かびます。国は現場の生産性向上を推し進め、2024年度改定でもさまざまな施策が打ち出されることが想定されます。
再び上昇し始めた介護分野の有効求人倍率
政府の一般職業紹介状況によれば、昨年12月の介護サービスの有効求人倍率(パート含む)は、2019年以来の4倍台を記録しました。コロナ禍の影響が残るため、伸び率は全産業と比較して鈍いですが、もともと人手不足感が強い中でじわりと上昇している点から、現場の厳しさをうかがうことができます。
こうした状況下で2024年度改定に向けた議論が本格化するわけですが、ポイントの1つは、人材確保に向けた処遇改善のあり方でしょう。昨年厚労省が示した政策パッケージでは、各種処遇改善加算の一本化や社労士等による個別相談によって、加算取得のさらなる推進を図ろうとしています。
ただし、これはあくまで既存の施策を浸透させるという方向です。注目されるのは、加算単位の上乗せや新たな加算・交付金などの設定ですが、現役世代の保険料上昇などを抑えたい政府の意向を見ると、大きな踏み込みは期待できないかもしれません。
国は「事業者努力を促す」方向に舵とり?
一方で、報酬・加算の引き上げに頼らない方向での改革は大きく進みそうです。たとえば、介護サービス情報公表制度で従事者1人あたりの平均賃金や処遇改善の反映状況を公表対象にするというもの。これなどは、求職者の注目が集まることにより、事業者努力をうながす効果が目指されています。
事業者としては、基本報酬や処遇改善加算の伸びを超えて、人件費率を高めるなどの対応を強いられることになります。それが「限界」となった時、1つの選択肢として浮上してくるのが、2024年度改定で予想される「さらなる人員基準の緩和」に乗ることでしょう。
人員基準の緩和に乗れば、従事者数を抑えることで、1人あたりの賃金を増すことは可能です(もちろん、限界はあるでしょうが)。一般に「人材確保が難しいから、基準緩和に乗る」というのが理屈ですが、「賃金を上げざるを得ない」という環境要因が絡むと、やや違ったビジョンが見えてきます。
人員基準緩和を受け入れる土台はまだ不十分
ちなみに、2021年度改定で行なわれた各種人員基準及び加算要件の緩和ですが、報酬改定の効果・検証の調査を見ると、いろいろ考えさせられる状況が浮かんでいます。
たとえば「見守り機器の導入による夜間の人員配置基準の緩和」を適用しているのは、特養ホームで2.1%にとどまります。また、2024年度改定で緩和の焦点となっている介護付き有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)で、介護福祉士の配置要件を緩和した入居継続支援加算を算定しているのは。0.3%に過ぎません(いずれも地域密着型除く)。
つまり、業界団体などから人員基準等の緩和に向けた強い要望は出ているものの、実態としては「受け入れる土台」はまだ十分整っていないことになります。もちろん、見守り機器などにかけるコスト問題なども壁となっていますが、「果たして、それで現場が回るのか」という疑念もあると思われます。
規制改革推進会議の提案では、「介護助手の導入」も緩和の要件に含めるとしています。この案についても、介護助手とも雇用契約が必要になる点で(厚労省の定義ではボランティアは想定していません)、人件費コストとの兼ね合いがポイントになるでしょう。前提となる「業務の切り分け」についても、事業者としてはマネジメントをどのように展開していくかという点で悩みどころと言えそうです。
現場の混乱がSNS等で求職者に波及する⁉
このように、さまざまな緩和策が展開されても、一部を除き多くの現場は「受入れの土台」が整わないままという可能性が高いといえます。こうした中で、先に述べたように「緩和に踏み込まざるを得ない」という状況が先走った時に何が起こるか。事業者側のマネジメント等の準備が十分に整わなければ、従事者の負担が増す懸念も生じます。
ところで、公益財団法人・社会福祉振興・試験センターの「介護福祉士の就労状況」の調査によれば、「現在の職場を探した方法」として、「友人・知人からの紹介」が「ハローワークの無料職業紹介」等を抑えてトップ(28.6%)になっています。
つまり、ひとたび現場が混乱した時、それは現任者(SNSなど)を通じて、求職者に就業への不安を与えるリスクが高いといえます。こうした点を考えれば、人員基準等の緩和を押し出し、それが目的化してしまうような施策は逆効果になる可能性が高いでしょう。
そもそも人員基準緩和などの効率化策は、2040年に向けて労働力人口が減少していく中でのビジョンとして打ち出されています。確かに「今からやらなければ間に合わない」という考え方もあるでしょうが、それならばなおのこと、現場で長く安心して働ける土台固めから始めることが筋道でしょう。
テクノロジーの導入や業務の効率的な切り分けは、それ自体「現場の負担軽減策」として進められるのはいいとして、それを緩和策と安易にセット化すれば、求職者にネガティブな印象を与える恐れが生じます。その結果、施策の費用対効果が薄れ、かえって介護保険財政を悪化させることになりかねません。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。