2024年度改定に向け、社会保障審議会(介護給付費分科会)の議論が本格的にスタートしました。介護・医療・障害福祉の同時改定となる中、他分野連携を支える重要な役割を担うのが居宅介護支援です。その報酬がどうなるのかは、大きな論点の1つとなりそうです。
水面下の実務負担がおよぼすコストの増大
今回の法改正で、すべてのサービス事業者に経営情報の提供が義務づけられました。これにより、各サービスの収支状況などにかかるデータの精度は上がることが期待されます。
ただし、施行されるのは2024年度からなので、次の報酬改定に向けては、従来の介護事業経営実態・概況調査のデータが議論の土台となります。最新データとなるのは、10月に結果が示される予定の介護事業経営実態調査です。注目されるのは、近年の物価上昇にともなうサービスコストの上昇でしょう。
今調査の項目では、物価上昇対策の交付金額が設けられていますが、それを上回るコスト上昇が明らかになる可能性も高いといえます。この動向が、全体の改定率や基本報酬の設定を大きく左右すると考えられます。
ただし、基本報酬や加算をどの程度に設定するかという点については、数字で現れにくいコスト構造にも注意を払わなければなりません。つまり、「現在の報酬」が「現場の実務負担」に見合っているかというバランスです。
現場の実務負担も、その多くは経営数値上のコストで現わされます。しかし、見えにくい負担が蓄積することで、結果的に研修や各種手当等のコストが上昇したり、稼働率が低下するなどといったケースでは、数字上に現れるまでのタイムラグも生じがちです。
2021年度改定では、LIFE対応やBCP策定など、現場では実務負担が一気に増えました。これらが水面下で現場に与えている影響をどこまで考慮できるかが重要です。
居宅介護支援の収支バランスはどうなる?
そのうえで重視すべきは、介護報酬で想定していない実務が、これから増えていくという点です。すでに国は、地域共生社会の名のもとに、制度の枠組みを超えた高齢者等への支援のしくみをいくつも構築しています。その影響は、2024年度から、特に居宅介護支援におよぶことになりそうです。
たとえば、今回の法改正で、包括の総合相談支援の一部を居宅介護支援に委託することが可能となりました。もちろん、居宅介護支援事業者側が受託するか否かという問題はあります。しかし、こうしたしくみが誕生したこと自体が、介護報酬上の「実務負担と費用(介護報酬)のバランス」から離れた、新たな「実務負担と費用(委託費)」の収支への考慮を生じさせることになります。
さらに、2024年度からのケアマネの法定研修の新カリキュラムでは、「他法他制度の活用が必要な事例」を学ぶ科目が新設されました。その「他法他制度」の具体的な内容として、「難病施策」や「生活困窮者施策」、「ヤングケアラー施策」、「重層的支援体制整備事業っ関連の施策」などが示されています。
他法他制度をめぐるケアマネの職責拡大
カリキュラム上では、これら「他法他制度の施策」を「学ぶ」ことにより、他制度等にかかる機関との連携や情報共有にかかるスキル向上を図ることが目指されています。
一方で、今後具体的な施策(たとえば、ヤングケアラー支援策など)なども増えていくことが想定されます。そうなると、新たな施策の枠組みにおいて、介護保険の枠外でケアマネの職責を位置づける動きが増える可能性もあるでしょう。場合によっては、新たな交付金等を設けたうえで、事業委託を図るなどの施策が出てくるかもしれません。
ちなみに、マイナカードと健康保険証の一体化に向けて、要介護者等の自宅に行政職員が赴いての出張申請が検討されています。その際には、ケアマネ等の支援者の同行も想定されていて、ここでも何らかの助成金などが発生することも考えられます。
ケアマネの有効求人倍率も上昇一途の中で…
いずれにしても、今後は居宅介護支援をめぐって「介護保険外の収支」を考慮する範囲が広がってくる可能性があるわけです。
「介護保険外の収入」が拡大するだけなら事業所経営的にはプラスですが、新たな収入には必ず相応のコストが絡んできます。ケアマネの職責が拡大し、その人件費や運営コストもかさんでくれば、「ケアマネ不足」が深刻化する中で「収支的には厳しくなる」というケースも想定しなければなりません。
「ケアマネ不足」という点では、5月24日の介護給付費分科会で、「ケアマネの有効求人倍率が急速に伸びている」というデータも紹介されました。そうした流れで、他法他制度にかかるケアマネの職責拡大が進めば、居宅介護支援の経営は一気に厳しくなりかねません。
2024年度改定では、他法他制度の関係も視野に入れつつ、特にケアマネの処遇改善のあり方を優先課題とする必要があります。
他法他制度の影響を介護保険で担保する必要があるのか──という議論はあるかもしれません。しかし、事は「介護保険の要」であるケアマネの業務基盤にかかわる課題です。
ケアマネ一人あたりの業務が過多となれば、介護保険はもとより、国が目指す地域共生社会そのものの土台が崩れかねない。その危機感をいかに共有できるかが問われています。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。