ベースアップ等支援加算、効果は本当に 狙い通り? 注意したいポイントも

社会保障審議会の介護事業経営調査委員会で、2022年度の介護従事者処遇状況等調査の結果が示されました。昨年10月からのベースアップ等支援加算による効果は上がっているのでしょうか。また、2024年度改定に向けた議論はどうなっていくのでしょうか。

「ベースアップ等」実現は達成されたのか?

まず注目したいのは介護職員等ベースアップ等支援加算(以下、ベースアップ等加算)が狙いとする、従事者給与の「ベースアップ等」が実現しているかどうかでしょう。

この場合の「ベースアップ等」とは、「基本給」または「毎月決まって支払われる手当」に引き上げです。つまり、「賞与」などは含まれません。ちなみに、ベースアップ等加算では、加算額の3分の2は、この「ベースアップ等」にあてることが要件となっています。

この「ベースアップ等」に該当する賃金改善(2021年12月との比較)を見ると、2022年10月の加算前の補助金時点で、9,210円。10月からの加算を含めた改善が、10,060円となっています。介護職員だけを取り上げた場合でも、やはり10,060円の改善です。

ベースアップ等加算の狙いは「月額9,000円相当」ですから、この点だけを見れば施策目標は十分達成されたことになります。ただし、注意したい点が2つあります。1つは、上記のベースアップ等の賃金改善が、果たして新加算の純粋な効果であるのかどうか。もう1つは、そのベースアップ等が昨今の物価上昇をカバーできているのかどうかです。

今加算の効果は、一応仮説づけられそうだが

まず、調査で明らかになった「ベースアップ等」の実現と「今回のベースアップ等加算(補助金含む)」の効果の関係です。

まず、介護給付費実態統計による「ベースアップ等加算を取得している事業所」の割合と、調査全体で「給与等を引き上げた、あるいは1年以内に予定している事業所」の割合は、ともに80%台後半。ベースアップ等加算の取得によって、給与等の引き上げが実現できた──という仮説は一応成り立ちそうです。

一方で、2021年度の処遇状況等調査(2021年4月と9月の比較)では、全事業所で「給与等を引き上げた、あるいは1年以内に予定している」という割合は60%台半ば。一応半数を超えています。その間、介護報酬の改定率は引き上げられましたが、各種処遇改善加算については、職種配分の方法や一部の区分廃止以外、特に大きな新設などはありません。

もちろん、改定率やコロナ関連補助金が影響したこともあるでしょうが、むしろ「処遇改善加算の有無にかかわらず、給与等を引き上げなければ人が集まらない」という事情も影響していることが考えられます。

実際、賞与等の引上げは1割台なので、コロナ補助金等を一時金に充てるというやり方ではなく、基本給等の引き上げが中心です。このあたりも、「ベースアップを図らないと人は集まらない」という動機が垣間見えます。

今加算取得以前に上げざるを得ない状況も?

となれば、今回のベースアップ等の実現も、「新加算ができたから」ではなく「加算の有無にかかわらず人材確保がおぼつかない」という動機が先行している可能性があります。そうなると、今回のベースアップ額10,060円を「加算の効果」として額面通り受け取っていいのかどうかが問われてきます。

たとえば、法人全体の現預金や積立金などの取り崩しによってまかなわれている部分もあるのではないかという見立てもできます。

ちなみに、財務省の提示データでは、2021年度までの社会福祉法人の1法人あたり現預金・積立金の額は右肩上がりとなっています。しかし、営利法人等はどうなっているのか、2022年度はどうなっているか、人材確保のための「持ち出し」が増えていないかどうか──等々も分析が必要になりそうです。

というのは、先の注意点の2つめで述べた「2022年からの物価上昇の影響」が問題となってくるからです。ここで、ベースアップ等加算の影響が打ち消される状況が生じていれば、先に述べた「現預金・積立金の取り崩し」が進行している可能性も出てきます。

今調査で処遇改善がトーンダウンする懸念

現在、厚労省では「2023年度の介護事業経営実態調査」の集計を進めています。ここでは、新たな調査項目として「物価高騰対策に関する項目」や「ベースアップ等加算前の補助金に関する項目」が反映されることになっています。これらが、事業所・施設の収入等にどう反映されているかも、実態調査のデータに加味されることになります。

そうなると、先の2つの注意点を考慮した場合、今回の処遇状況等調査の結果は、この後に公表される介護事業経営実態調査の結果とすり合わせることにより、初めて重要な意味を持ってくると言えます。逆に言えば、今調査だけで「ベースアップ等加算の効果」を過大評価するのは危険かもしれません。

もっとも、先の介護事業経営実態調査の結果の公表予定は、介護給付費分科会の議論が押し詰まってくる10月です。改定率に影響する2024年度予算編成の真っただ中ではありますが、それ以前に給付費分科会の議論でさらなる処遇改善に向けた議論がトーンダウンしてしまうと、現場の実態から離れた改定率が出てくることになりかねません。

今回の調査結果は一定程度、議論の参考とするにしても、より複眼的に現場の実態を押さえることが欠かせないといえます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。