7月24日に開催された介護給付費分科会では、訪問介護をめぐる議論が行われました。事務局から提示されたデータで、やはり注目されるのがホームヘルパーの人材不足の状況です。有効求人倍率は2022年度で15.53倍という、異次元とも言える数字になっています。今、緊急的に必要なことは何でしょうか。
世帯状況にともなう訪問介護ニーズの高まり
訪問介護の受給者数は、2022年4月審査分で約107万人。その10年前の2012年4月審査分と比較すると約22%の伸びとなっています。介護給付の実受給者数の伸びは、2012年4月から2022年4月で30%以上の伸びとなっているので、訪問介護の利用者数だけが特に伸びが大きいわけではありません。
一方で、費用額は2012年と2021年の比較で約40%も伸びています。その要因の1つが、利用者1人あたりの費用額の増大です。2012年と2022年の比較で約26%伸びています。
こうしたデータが上がると、「給付を効率化できる余地があるのでは」という議論が浮上しがちです。しかし、1人あたりの費用が伸びたのは、そこにニーズの高まりがあるという可能性にも目を向けなければなりません。
昨今の費用の伸びには、コロナ禍による通所系サービス等の休止で、訪問介護が「家族のレスパイト」に寄与している面もありそうです。その場合、「延びは一時的なもの」という見方もできそうですが、先の国民生活基礎調査でも明らかなように、同居・別居を含めた家族に「介護力」を求めることは限界に達しています。ここに、昨今の物価高による生活困窮から「介護休業等を取得する余裕がない」などの事情が加わると、同居家族がいても、通所系だけでなく訪問介護に頼るという傾向は今後も常態化していくでしょう。
有効求人倍率の高さを受けた今後の議論は?
さて、そうした中でヘルパーの有効求人倍率が15倍を超えるという状況は極めて深刻です。厚労省が公表している一般職業紹介状況における職業別の有効求人倍率を見ても、10倍を超えている職業はありません(常用・パート含んだ場合のデータより)。
先に述べたように、世帯の家族状況の変化により、訪問介護が要介護者世帯に不可欠となっています。そうした中で、ヘルパーの異常とも言える有効求人倍率の高さを放置することは、セーフティネットの構築が放棄されることに等しいでしょう。国としては、「災害」に匹敵するという認識も求められます。
具体的な対応策として、介護給付費分科会でも議論が予想されるポイントを整理してみましょう。それは、以下の2つです。
特に地域格差著しい「移動時間」をどう評価?
1つは、訪問介護に限らず訪問系サービス全体に言えることですが、ヘルパー等の移動時間にかかる評価です。特に中山間地域等では、事業所宅間等が極めて遠距離になるケースがあり、地方分権改革に関する提案でも「移動時間が適正に取り扱われるような介護報酬単価の見直し」等を求めています。
厚労省が示したデータによれば、人口10万人あたりの訪問介護の請求事業所数は、都道府県別で最大で4倍近い開きがあります。これが市町村別となれば、さらに開きが大きくなっていることは容易に想定されるでしょう。そして、その格差要因の1つが移動時間であることは十分考えられます。
まずは、ヘルパーの移動時間の実態を精査し、地域ごとの実情に見合った新たな移動加算などを検討することが必要です。加えて、昨今のガソリン代等の高騰を考慮した訪問系サービス対象の補助金等の拡充を図ることも求められるでしょう。それにより事業所の収益率を高め、ヘルパーの処遇改善が図られやすい環境を作ることが目指されます。
ヘルパーの「待機時間」問題の解消も重要
もう1つは、かねてから問題となっている「ヘルパーの待機時間」や「利用者の急なキャンセル時」等での給与の位置づけです。
現場のホームヘルパーからは、先の移動時間も含めて介護報酬への適切な反映を求める裁判も起こされています(現在は高等裁判所で審理中)。それに関連した署名活動なども進んでいることは、ご存じの人も多いでしょう。
一方、国としては、先の「待機時間」等への対応などを見すえつつ、新たな複合型サービスの創設などを視野に入れています。
昨年の介護保険部会で示されたビジョンでは、通所系サービスでの職員の「待機時間」を訪問にあてるという流れになっています。逆に「訪問介護のヘルパーの待機時間を通所系サービスにあてる」という方策も当然ビジョンとして上がってくるでしょう。
しかし、新たな複合型サービスは、一定以上の法人規模が必要です。そうなると、大規模化・協働化の具体的なしくみ作りが議論の前提となります。また、業務の細かい切り替わりを要するとなった場合、従事者に過剰な負担はかからないかどうかも問われます。
ただ、「有効求人倍率15倍超」という状況を根本的に解決することができるかとなれば、疑問は膨らみます。要は介護保険制度の根っこの信頼にかかわることであり、厚労省だけでなく政府全体としての最優先課題と位置づけることも必要になりそうです。
まさに「国の危機である」という認識を、社会全体でいかに共有していくか──先に述べた裁判の行方も含めて、国民的な関心を現場レベルでも高めることが求められます。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。