認知症の新治療薬「レカネマブ」が、8月21日の厚労省の薬事・食品衛生審議会で、製造販売承認されました。これにより、早ければ年内にも保険適用となる可能性が高まりました。この新薬の一般患者への処方が現実となった時、医療および介護の現場で、どのような体制づくりが必要となるのでしょうか。
「レカネマブ」が処方される場合の前提
まずは、改めてこの「レカネマブ」の特徴を整理します。同薬は、認知症の原因疾患でもっとも多いアルツハイマー病に作用するもので、アルツハイマー病の原因とされる脳内に蓄積するアミロイドβという異常なタンパク質を除去する働きがあります。
これまでのアルツハイマー病の治療薬は、アミロイドβを除去する働きはなく、あくまで脳神経の情報伝達機能を整えるというものでした。原因除去ではなく、あくまでアルツハイマー病によって衰えた認知機能をカバーするという点で、いわば対症療法的な薬といえます。これに対し、アルツハイマー型認知症の根本原因に直接作用する薬という点で、レカネマブは画期的な薬といえます。
ただし、処方に際しては、いくつかの前提があります。(1)アルツハイマー病に起因する認知症であること。(2)MCI(軽度認知障害)から軽度の認知症の人が対象であること。(3)認知機能を改善してもとの状態に戻すというものではないこと(あくまで進行を抑えるものであること)──です。
投与の際して必要なこと、そして費用は?
たとえば、(1)、(2)の点から、投与に際しては専門の医療機関による検査・診断が必要です。また、頻回な点滴による投与というやり方をとりますが、投与後に脳浮腫などの副作用が生じる可能性があるため、定期的にMRI撮影による経過観察も要されます。
いずれにしても、初期段階から連続性のある検査・治療・診断の体制が十分に整っていなければなりません。そうした継続的な体制の中では、患者としては、薬価に加え検査・診断にかかるトータルの費用も気になります。高額療養費のしくみがあるとはいえ、継続的な窓口負担が必要となれば、患者の家計に左右される可能性も出てくるでしょう。
ちなみに、先行して承認されたアメリカでは、年間300万円の負担を要するとされています。日本とアメリカでは保険適用による自己負担のしくみが変わるほか、薬価が患者の体重あたりの投与量で変わってきます。平均体重がアメリカ人と比べて低い日本人の場合、アメリカよりも価格は低くなるかもしれませんが、先に述べたように検査・診断の医科部分の負担がどうなるのかも気になります。
今回の承認を機に、必要となる体制とは?
さて、認知症の初期段階(MCI含む)からの検査を要するとなれば、(A)患者側から早期の相談が発しやすい体制・アクセス環境が整っていることが前提です。早期からの相談支援につなげるには、(B)患者およびその家族に対し、「どのタイミングで相談すればいいのか」という啓蒙をより深めることも必要でしょう。
その際には、(C)仮にアルツハイマー型認知症ではないにしても、継続的な支援が保障されていることが欠かせません。たとえば、認知症初期集中支援チームによる伴走型支援をきちんと機能させ、患者とその家族の支援体制への信頼が築かれることが不可欠です。
いずれにしても、レカネマブという新薬の誕生というだけでは、患者やその家族にとっての「解決」にはなりえないでしょう。重要なのは、レカネマブの承認を機にこれまでの体制の見直しを図り、新薬とワンセットで、国民の信頼が得られる認知症の総合支援のしくみを築いていくことにあります。
介護サービス、特にケアマネの役割も重要
当然、そこでは介護保険も大切な役割を担います。先に述べたように、頻回な通院・点滴および定期的なMRI等による経過観察が必要となれば、利用者の状態により通院体制をどのように確保するのかが課題となります。
また、投与中の在宅での経過観察に際して、どのような点に注意すべきか(副作用等による考えられる症状の発出)を、ケアマネはじめ、各居宅サービスの担当者で留意点の共有なども不可欠となるでしょう。たとえば、「適切なケアマネジメント手法」で、「アルツハイマー型認知症の人で、レカネマブを投与している場合の在宅生活上での確認点」といった更新も必要になるかもしれません。
特にケアマネ側としては、レカネマブ投与が開始された後の通院時情報連携加算において、特例的な区分なども議論になる可能性があります。このあたりは、レカネマブに限らず、たとえば悪性腫瘍(がん)等で通院による化学療法などを受けている利用者のケースでも汎用が求められる評価といえます。
また、一定期間投与を行なった後、医療費負担が重荷になってきた場合、医療機関より先にケアマネに相談するといったケースもあるでしょう。実際に治療を行なっている主治医に対して、患者の中には「治療を止めます」とは言いにくい人もいるからです。
そうなった時、ケアマネが治療方針の変更に向けたゲートキーパーとなる可能性もあります(今回の「レカネマブ」に限らず、高額な治療費が要されるケースでも同様です)。これまで、そうしたケアマネの負担は報酬上では評価しにくいものでした。今回の新薬を機に、継続的な医療を要する利用者への支援をどのように評価するかという、ケアマネ報酬のあり方の議論も深めたいものです。
【参考リンク】「認知症の人と家族の会」のレカネマブ解説動画(2023年8月版)より
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。