8月30日に開催された社会保障審議会・介護給付費分科会では、全サービスを通じた、いわゆる「横軸」的なテーマが議論されました。その中で、ケアマネとして気になるテーマが、居宅介護支援にも対応加算導入が見込まれるLIFEについてでしょう。
「今優先すべきことは何か」が問われている
ご存じのとおり、介護給付費分科会では、2021年度・2022年度にわたり、居宅介護支援事業所・訪問系サービスにおけるLIFEの活用可能性の検証調査(モデル事業)が行われてきました。ことに2022年度調査では、居宅介護支援事業所も、科学的介護推進体制加算の入力項目に沿ったLIFEへの情報提供を実際に行なう取組みが行われています。
こうしたモデル事業を複数年度にわたって展開するということは、居宅介護支援や訪問系サービスへのLIFE対応加算の早期適用を進めたいという国の思惑が強く反映されています。しかし、分科会では「現場でのデータ入力の負担」や「入力データやフィードバックにかかる課題」などの観点から、適用の拡大に慎重な対応を求める意見が目立ちます。
確かに、現状のケアマネやホームヘルパー不足を念頭に置けば、LIFE対応による新たな業務負担の追加は、「今優先されるべきことなのか」は強く問われる点でしょう。実際、同じ居宅系サービスである通所介護では、LIFE関連加算の算定事業所は(2023年4月時点で)5割に達していません。そうした状況下で、居宅系サービスでの適用範囲を広げるのは拙速という声が出るのも無理はありません。
データのさらなる収集と活用に向けた焦り
一方で、システム構築やその運営費に多額の予算を投じている現状で、利用者データが思うように集積できないのは、厚労省にとって大きな焦りの種となります。たとえば、会計検査院などから「費用対効果」の面で厳しい指摘が出される可能性もあります。
また、医療DXの一環としてデータヘルス改革の工程表が定められていますが、介護情報について2024年度からの目標も示されています。1つは、「利用者が自身の介護情報を閲覧できるしくみを整備し、順次閲覧可能にする」こと。もう1つは、「介護事業所間等において、介護情報を共有することを可能にするためのシステム開発を行なう」ことです。
ちなみに、この「介護情報」に「LIFE情報」を含めるかどうか。利用者が閲覧することを想定すれば、当事者にとって分かりやすいしくみはどうあるべきか──こうした課題が、厚労省の介護利活用WGで議論されています。2023年度中には、対応の方向性などを示した取りまとめが行われる予定です。
本来は基本報酬・処遇の整備が前提だが…
付け加えるなら、先だって示された2024年度予算の厚労省概算要求では、介護関連のデータ利活用を可能とする基盤整備に25億円が計上されました。前年度予算が12億円なので、概算要求とはいえ倍増です。この部分は重要政策推進枠として設定されているので、厚労省としても力を入れた項目といえます。
こうした状況から、LIFEデータのさらなる蓄積は厚労省にとって大きな命題であり、少なくとも、「科学的介護推進体制加算の算定事業所数を増やす」という改定の方向性は動かないと思われます。問題は、先の「居宅介護支援や訪問系サービスを算定対象に加える」という方策を軸にすえるかどうかです。
この点で分科会の合意を図りやすくするのなら、「基本報酬の上乗せ」や「処遇改善加算の拡充(居宅ケアマネの処遇改善策含む)」を図ったうえで、「科学的介護推進体制加算を適用する」というやり方でしょう。しかし、年末の大臣折衝等で改定率が思うほど上がらないとなれば、違った切り口で算定に向けたインセンティブを図らざるをえません。
利用者にも負担? 情報共有にも課題?
たとえば、居宅介護支援および訪問介護の特定事業所加算の要件に「科学的介護推進体制加算の算定」を含めるという方法。もしくは、処遇改善加算の加算率に上位区分を設け、やはり「科学的介護推進体制加算の算定」を要件とする方法──などが考えられます。
しかし、その場合は「対応できる事業所」と「できない事業所」の間で、収支や処遇の格差が拡大する恐れもあります。LIFEについては、データ登録の負担感を感じる(感じる+やや感じる)事業所が、2022年度でも75%以上あります。もともと入力担当者の人件費を確保できる規模の事業所でなければ、参画は難しいのが現実と言えそうです。
以上の点から、結局、必要な人員と設備をしっかり確保できるだけの基本報酬と処遇を整えたうえで、余力のある事業所から少しずつ着手してもらうやり方しかなさそうです。
また、居宅介護支援や訪問系にも適用するとなれば、1人の利用者の状態を複数の事業所が評価することによる利用者側の負担や、事業所間の情報共有のあり方も考慮することが必要となります。利用者に、どのように説明し納得を得るのか。情報共有のルールはどのように設定するのか──こうした対応という点でも、ケアマネや各サービス担当者の業務フローをきちんと整えなければなりません。
いずれにしても、LIFE対応の拡大には、いくつもの条件をクリアすることが大前提です。現在進行形のすべてのデジタル改革に言えることですが、「政府の工程表ありき」で走り過ぎてしまうと、LIFEそのものが破綻する懸念もあることを忘れてはならないでしょう。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。