一人暮らし高齢者等が増えている現状を受け、政府もさまざまな施策を打ち出そうとしています。今後、多様なサポートの枠組みが議論されていくでしょう。一方、要介護の一人暮らし高齢者の生活を維持するうえで、不可欠なサービスといえば訪問介護です。上記の「枠組み」を考える中で、苦境に立つ訪問介護の立て直しは視野に入ってくるのでしょうか。
一人暮らし「家事のしにくさ」と健康リスク
政府の全世代型社会保障構築会議では、地域共生社会関係の論点として、一人暮らし高齢者への支援のあり方を掲げています。厚労省も老人保健健康増進等事業で、「身寄りのない高齢者の生活上の多様なニーズ・諸課題等の実態把握調査」を実施しており、一人暮らし高齢者への問題意識を高めています。
また、実際に稼働している民間支援として、高齢者等終身サポート事業があります。こうした事業者への多様な事業者の参入にともない、政府は今年4月にガイドライン案を示し、パブリックコメントを募集しました。こうした現状の支援の枠組みを、今後どのように再編・構築していくかが問われています。
一人暮らし高齢者の場合、身近で頼れる人が少ない・いないゆえに、常に生活上の多様なニーズが生じがちです。たとえば、家事一つとっても、それが「一人ではしにくい」ことでQOLが急速に落ちたり社会参加が困難になったり、あるいは栄養面・衛生面での状態悪化から健康を左右することもあります。
各種地域支援事業なども、そうした観点からの整備というビジョンも含まれています。そのビジョンにおける充実が、高齢者の健康状態を維持し、入院リスクを下げることで社会保障費の膨張を防ぐことにもつながります。
生活援助ニーズの背景に目立つ「心臓病」
この「健康状態の悪化を防ぐ」というビジョンをより明確にしたのが、要介護の高齢者にかかる介護給付です。訪問介護の生活援助もそのビジョンの上に成り立っています。
実は、生活援助をきちんと提供することで、健康上のリスク回避へとストレートにつながっている様子がわかるデータがあります。それが、2024年3月に公表された「訪問介護事業におけるサービス提供の実態等に関する調査研究事業(厚労省・老健事業)」の報告書上にある「生活援助を利用している利用者の基礎疾患の有無・内容」です。
それによれば、生活援助を利用している人の基礎疾患で、もっとも多いのが「慢性の心臓病(高血圧を含む)」で、要介護度にかかわらず3割前後に達しています。「要介護者には総じて多い基礎疾患」という見方もあるでしょうが、糖尿病が2割前後なので、やはり心臓病の割合が目立ちます。少なくとも、要介護高齢者であれば、循環器系における健康悪化リスクは常に想定されなければなりません。
心疾患による急変リスクを生活援助が防ぐ⁉
ちなみに、同報告書において、生活援助の利用者についてのサービス提供の内容を見ると、生活援助そのものの内容としては「掃除」がトップ。要介護1・2で約9割、要介護3・4で約8割という数字です。買い物や調理と比較すると約2倍前後となっています。
このデータと先の基礎疾患データを組み合わせると、やはり心疾患があるゆえに「掃除」のような全身運動を要する家事を行なうのは大きなリスクがあるという状況が浮かびます。また、心疾患のような健康上の急変リスクが高い場合、急なふらつきや目眩等なども生じがちです。その時に屋内の動線上の障害物などが片付いていないままだと、転倒による骨折や頭部打撲などのリスクも高まります。
もちろん、ケアマネや訪問介護のサ責にしてみれば、「サービス内容に生活援助を位置づけるうえで、常に意識していること」と思われるかもしれません。そうしたリスクをきちんと考慮できるかどうかという点で、総合事業ではなく、「給付による訪問介護が必要である」という見立てもあるでしょう。
また、掃除をする際のごみ箱の片付けなどが、薬の飲み忘れなどにも気づく機会ともなります。そこから、ヘルパー⇒サ責⇒ケアマネ⇒主治医という情報連携が円滑になされれば、この点においても生活援助が健康悪化リスクの軽減にもつながることになります。
時代経過で「生活援助」の重要性は増加
注意したいのは、ここで取り上げた心疾患にかかるリスクは、高齢化によって今後も増加の一途をたどると推測されていることです。
昨今、TV・新聞報道などで「心不全パンデミック」という言葉を聞くことがあると思います。高齢社会の到来とともに心不全患者が急増する現状を表した言葉です。実際、循環器系の医療団体などが示すデータでは、介護保険のスタート当初と現在を比較すると、心不全の新規発生数が1.7倍以上増えています。
この点を考慮した場合、在宅で暮らす要介護高齢者への支援において、心疾患リスクを想定したしくみの強化が不可欠となります。さらに「一人暮らしの増加」という状況を考えれば、悪化リスクの早期発見・対処に向け、「地域支援事業等による見守り」と「給付による生活援助」の適切な組み合わせ・連携のマネジメントもより重視されるべきでしょう。
政府が「一人暮らし高齢者への支援」を強化する中、こうした課題が見すえられているかどうか。そして、その支援フローの中には、当然、介護給付よる訪問介護の生活援助も含まれてくるという見立てがあるのかどうか。その点も強く問われるテーマといえます。
【関連リンク】
全世代型社保会議、高齢者の生活支援のあり方を検討 介護サービス提供体制の改革も - ケアマネタイムス (care-mane.com)

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。