認知症による行方不明者の増大 BPSD悪化を防ぐ介護資源との関係

警察庁が、2023年中における行方不明者の状況についての統計を公表しました。原因・動機別では、認知症(またはその疑い)によるケースが1万9039人と、認知症を統計対象とした2012年以降で最多となっています。年間の行方不明者が2万人に達しつつある中、掘り下げたいのは、介護資源との相関です。

「高齢者が増えているから」だけが要因か

全行方不明者の原因・動機別の構成比では、認知症のケースに関して2019年以降20%超えが続いています。認知症の発症率は、おおむね70歳以上から高まる傾向にあります。いわゆる団塊世代が全員70歳以上となったのが2020年なので、構成比が20~22%で推移するようになった時期と符合します。

人数的に統計開始以降で最多となったのも、先に述べた団塊世代をベースとしつつ、そこにその後の世代の人数が上乗せされていくという状況がもたらしたものと言えるでしょう。つまり、団塊世代を中心とした70歳以上の人数の増大が、今回のデータに反映されているという見方ができるわけです。

ただし、「団塊世代を中心に認知症になりやすい人が増えている」という分析にとどまるだけでいいのでしょうか。

確かに認知症の人が増えれば、行方不明になるリスクは高まります。しかし、リスクは高まっても、単純に行方不明者の数を押し上げるとは限りません。「行方不明になる」という状況が強まる背景には、他の要因もあることを頭に入れなければなりません。

BPSDの悪化リスクも考慮に入れるべき

認知症の人が行方不明になる場合、その多くには、「1人で外に出て行ってしまう」という状況があります。そこには「見守りの支援が足らない」という要因もあるでしょうが、本人の立場で考えると、「今いる場所から外に出なければならない」という心理的状況が土台になっている点を考えなければなりません。

たとえば、「外に出る」という衝動の中には、多かれ少なかれ「そこに居てはいけない」あるいは「(本人なりの目的で)外に出なければならない」という心理があります。いずれにしても、そこには本人にとって何かしらの心理的動揺が生じているわけで、いわばBPSDの悪化要因が絡んでいることになります。

この点に着目すれば、認知症による行方不明者が増えている背景には、単に認知症になりやすい年齢層が増えているだけでなく、BPSDの悪化リスクが十分に抑えられていない状況も頭に入れる必要があります。

BPSDリスクを左右する環境要因・人間関係 

BPSDの悪化で注意すべきは、「現場のケアの問題」だけでは片づけられないことです。

2024年度改定で、施設系と認知症GHにBPSDの悪化防止と早期対処を目的とした認知症チームケア推進加算が誕生しました。そこでの活用を想定したワークシートでは、BPSDの背景要因として健康状態や身体的ニーズ、服薬状況のほか、さまざまな環境要因をあげています。環境要因としては、音やにおい、気温・室温のほか、周囲とのなじみの関係やコミュニケーションも含まれます。

たとえば、在宅での生活を想定した場合、訪問診療・看護等による健康・服薬管理のほか、利用者が穏やかに過ごせる環境整備が必要です。周囲とのコミュニケーションという観点では、介護専門職の対応力だけでなく、同居家族等との関係性も問われます。

環境面でいえば、訪問介護による生活援助、家族等との関係性に視点を移せば、家族の心身の疲弊をレスパイト系サービス等でいかに防いでいくかも問われます。つまり、サービス提供時の「ケアの質」だけでなく、日常的な環境整備が行き届くだけの途切れない介護資源の充実が欠かせないことになります。

認知症の行方不明者と介護の有効求人倍率

ちなみに、行方不明者の認知症を原因とした構成割合の推移と、介護業界の有効求人倍率を照らすと、興味深い関係が浮かびます。

認知症原因の行方不明者全体に対する構成割合が2割台の入ったのが、2019年。同年に介護業界の有効求人倍率が、過去最高の4倍台に突入しました。訪問介護の有効求人倍率が約15倍で高止まりし始めたのも、この2019年からとなっています。

こうして見ると、認知症の人が過ごす環境整備に必要な人的資源が危機的状況に達したことにより、BPSDの悪化から行方不明リスクが高まったという仮説も浮かぶことになります。もちろん、その後のコロナ禍で、認知症の人が穏やかに過ごしにくい(同居家族もストレスがたまる)といった状況もありますが、それらをカバーする資源が圧倒的に足りなかったという見方もできそうです。

以上の点を考えたとき、認知症による行方不明者の増加は、BPSDの悪化を防ぐ環境を整えるだけの人員の不足という要因が背景にあることも見すえなければなりません。

認知症による行方不明者の大半はおおむね早期に発見されています。しかし、ここ数日のように外気温が急激に上がって熱中症リスクが高まるシーズンでは、短時間・短期間の行方不明であっても、本人の命にかかわるリスクは大いに高まると考えるべきでしょう。

やはり必要なのは、利用者の居宅における環境整備や家族の心身の余裕です。それを支える介護資源(訪問介護の生活援助等含む)が揺らいでいるという課題も、今回の統計を見るうえで欠かしてはならない視点です。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。