採用率・離職率の改善をどう見る? 調査タイミングや人手不足との関係に注意

公益財団法人・介護労働安定センターが、2023年度の介護労働実態調査の結果を公表しました。採用率が改善し、離職率も低下する一方で、現場の人手不足感は高止まりの状況が続きます。介護現場として、この結果をどう受け止めればいいでしょうか。

「報酬増」の期待感が高かったタイミング?

今調査は、事業所調査・労働者調査ともに2023年10月に実施されたものです。タイミングとしては、改正介護保険法はすでに成立し、2024年度の介護報酬・基準改定に向けた方向性がおおむね示されていた時期です。

一方、急速な物価高が続く中、他産業の賃金アップが過去最高を記録するなど、介護現場で働く人にとっては、「このまま介護業界で働き続けることにメリットはあるか」という心理が揺らぎがちな時期でもありました。

しかしながら、そうした環境の厳しさゆえに、介護業界としては「処遇改善加算の上乗せも含めた大幅な報酬アップがなされるはず」という期待が大きかったことも事実です。

先行きは読みにくいが期待はある──こうした観測により、「この時点での離職はとりあえず思いとどまる」、あるいは「現時点での期待感から思い切って入職に踏み切る」という人も増えていた可能性があります。

「職場の人間関係がよくなった」ことの背景

そもそも、産業全体で大幅な賃金増がなされたと言っても、この時点での恩恵は大企業に偏っており、中小企業にまでは十分に行き渡っていませんでした。わが国では中小企業が大半を占める中、「他産業への転職・就職意欲がある」とは言っても、期待に添える賃金が手にできるかどうかは不透明です。

そうなると、わずかでも(2022年の補助金と期中改定で)処遇改善が進み、次の報酬改定への期待感が高まっていた介護業界に「とどまる・入職する」という意識が一定程度生じていた可能性は、やはり高いでしょう。

ちなみに今調査では、離職率が低下した理由として「職場の人間関係がよくなった」ことが大きな要因としてあげられています。

これには2つの背景が考えられます。1つは、夏場の新型コロナの感染拡大が落ち着き、現場の感染対策スキルの向上も含めて、職場の空気の張り詰め具合もやや穏やかになったこと。もう1つは、2021年度改定で求められたさまざまな実務対応に対し、改定から2年半が経過する中で、現場の体制がようやく追い付いてきたことも想定されます。

注意したいのは「人手不足感」の二極化傾向

こうして見ると、今調査の実施時期は、2024年度改定に向けた端境期で一服感が生じやすいタイミングであったとも言えます。

もっとも、結果自体を見ると、「実務負担に比べて賃金の低さ」、「高齢化にともなう利用者増下での人手不足感の高さ」といった根本的な課題は解決されていません。

特に気になるのは、後者の人手不足感です。先に「高止まり」と述べましたが、今調査の内訳を見ると、深刻度はむしろ増しています。というのは、不足感を示す指標「大いに不足+不足+やや不足」のうち、3つの合計と比べて「大いに不足」の割合が相対的に高まっている様子が見られるからです。

3つの合計が「高止まり」で、特に厳しい指標が「悪化」となれば、そこには「二極化」というもう1つの傾向が浮かびます。つまり、「人手不足だから、従事者の負担が高まらないような配慮を強める職場」と「人手不足でも、とにかく利用者ニーズに対応しようと無理をする職場」との「二極化」です。

離職防止の取組みと現実とのバランス限界

今調査の「離職率が低下している要因」として、「人間関係がよくなった」の他に、残業削減や有給休暇の取得促進、仕事と家庭(育児・介護)の両立支援の充実などが目立ちます。これらの対応策は「従事者の労働環境を整える」という点では必須であり、その実現のための業務精査やシフト見直しなどの改革はさらに推し進められてしかるべきでしょう。

ただし、利用者ニーズが拡大する中、その対応とのバランスを取ろうとすれば、生産性向上などの取組みを進めても、どこかで限界が生じるリスクも見すえなければなりません。

限界点で従事者の働く環境を守ろうとすれば、いずれは新規の利用者の受入れを控えるという判断も生じやすくなります。また、サ高住や住宅型有料ホームなどを運営する法人などでは、「限られた利用者の抱え込みで効率を上げる」という方向性も強まりかねません。

こうした傾向は、今調査のタイミングですでに進行していたことも想定されます。問題は、2023年末に改定率が示され、その後2024年度改定で現場が新たな実務負担に追われる状況になった時点(つまり、今現在)です。

すでに一部の現場から、「再び離職が増えてきた」という話を聞くこともあります。それが統計に現れるレベルに達すれば、その時点から「サービスを利用できる人が急速に限られる」という事態も生じてくる恐れがあります。サービス調整を担うケアマネなどは、次期調査も含め特に注意したい点と言えます。

 

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。