生産性向上を真に機能させるために─ 前提は「他産業との賃金格差」早期解消

介護サービス事業所・施設を運営する9団体が、「介護現場における物価高騰・賃上げ等の状況調査」の結果を公表しました。調査は2024年8・9月に実施されたもので、4月からの基本報酬等の改定はもとより、6月施行の新たな処遇改善加算も反映されています。

2024年度の離職率が再び上昇する恐れ

本ニュースでも取り上げている通り、大きな注目点の1つが介護従事者の「賃上げ率」です。対前年度比での賃上げ率は2.52%で、33年ぶりの高水準となった一般企業の賃上げ率5.10%(中小企業で4.45%)と比べると、開きが際立っています。

すでに2023年度時点の職種別賃金は、介護分野の職員と全産業との比較で、前者が月収換算で6.9万円もの開きがあります。ここに先の2024年度賃上げ率における格差を加味すれば、全産業との開きは加速的に大きくなっていることが想定されます。

この状況を放置することは、介護従事者の他産業への移動意向を高める流れをさらに強めかねません。確かに、2023年度の介護職員・訪問介護員の離職率はともに、対前年度から大きく低下しています(2023年度介護労働実態調査より)。しかし、先に述べた2024年度の他産業との賃金上昇率の格差の影響を考慮すれば、今後、介護業界の離職率が再び上昇に転ずる可能性は大きいでしょう。

離職率が下がっているとは言っても…

そもそも介護職員等の離職率が下がっているとは言っても、介護職員で13.6%、訪問介護員で11.8%と10%を上回っています。これに対し、全産業の常用労働者の離職率(2023年度上半期)の平均離職率は8.7%にとどまります(厚労省の雇用動向調査より)。

また、介護職員・訪問介護の2職種で、「29歳以下」の離職率は2割を超えています。一方、「60~64歳」で10.7%、「65歳以上」で10.6%という具合に、高年齢従事者の離職率の低さが全体の離職率を押し下げている様子も浮かびます。こうした世代がこれから定年退職を迎えるとなれば、懸念される離職率の上昇がさらに上乗せされることになります。

仮に、こうした世代が定年退職後も勤め続けるとしても、身体的労働という部分では負荷がかかりやすく、腰痛等の労働災害のリスクも進みかねません。離職率の上昇・稼働率の低下というデータとはうらはらに、現場の人手不足感がさらに高まっている背景が、こうした点からも浮かび上がります。

生産性向上を現場に浸透させるための課題

こうした状況だからこそ、テクノロジー等の活用による生産性向上が重要──という考え方もあるでしょう。しかし、テクノロジー等の導入を現場実務の流れに浸透させるには、相応のコストやタイムラグが発生します。

前者については、厚労省が介護テクノロジー導入支援事業による支援強化を図っています。一方で、後者については「現場業務の課題分析」⇒「業務習慣の見直しなどの改革」⇒「研修等による現場の対応力の向上」といった組織的なステップが必要です。

長年の業務習慣が身体になじんでいる一定年齢以上の従事者にとっては、対応には時間がかかる場合もあるでしょう。いきおい、中堅リーダー格による組織改革力がポイントとなりますが、ここに業務負荷(心理的ストレスなど、特に「見えにくい負荷」)が集中する恐れがあります。ただでさえ、高齢化する利用者の重度化リスクの対応に追われる中で、こうした負荷が蓄積されていくことは、特に小規模事業所・施設にとっては、経営体力を奪われることになりかねません。

解決のカギとなるのは、(ICT等のテクノロジー活用にも早期に対応しやすい)若い人材にできるだけ多く入職してもらい、先のリーダー格をサポートできる体制を築くことでしょう。となれば、他産業との大きな賃金格差を、いかに早期に埋めるかが問われます。

処遇改善と生産性向上の同時並行には無理が

昨今の国の施策の動きを見ると、介護現場の処遇改善と生産性向上を同時並行で進める傾向が際立っています。新たな処遇改善加算の要件として「生産性向上の取組み」に力点を置いた職場環境等要件が設定されているというのは、象徴的な動きでしょう。

しかし、先に述べたように、カギとなるのは若い人材のすそ野を大きく広げることです。この土台ができてこその生産性向上であることは明らかです。確かに「29歳以下」の採用率は3割を超えています。しかし、離職率も2割を超える状況であれば、事故リスク等の緊張度が高まりやすい業務環境では、堅固な土台とはなりえないでしょう。

やはり、最優先すべきなのは他産業との(上昇率も含む)賃金格差を早期に埋めることです。それが実現できてこそ、その先の生産性向上も効果を発揮するはず。そのステップを一緒にしてしまうと、処遇改善と生産性向上はともに効果が中地半端になりかねません。

ちなみに、生産性向上の初期段階では、(各種補助金等の申請業務やデータ連携等にかかるログイン業務などを含め)事務職の働きも重要です。他産業との賃金格差は、そうした人材の流出も促進しかねないという点で注意すべきポイントです。こうした点でも、施策展開の道筋がさらに問われることになります。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。