
今年も残すところわずかとなりました。2024年は、介護・診療・障害福祉のトリプル改定に加え、急速な物価および他産業の賃金上昇等による人員不足や経営難など、現場を揺るがす状況が押し寄せた年でもあります。そうした中、改めて振り返りたいのが、この1年で業界を覆った「生産性向上」についてです。
「生産性向上」への違和感、国会でも指摘
臨時国会の厚労委員会(12月18日)で、野党・れいわ新選組の議員が、介護現場等における「生産性向上」を取り上げました。抵抗なく使われている「生産性」という言葉に対し、要介護高齢者や障害者が「物扱いされている」と傷つく恐れを指摘。厚労大臣に対し、「介護等における『生産性』という言葉の使用を控えるべきでは」と求めました。
こうした認識は、介護・福祉分野の議論で「生産性向上」という言葉が使われるようになった当時、業界・当事者団体からたびたび投げかけられてきました。たとえば、直近となる2024年度改定に向けた介護給付費分科会の議論でも、委員から「現場では『生産性向上』という言葉への拒否感がある」という意見が出されたのは記憶に新しいでしょう。
国としては、テクノロジーの活用等に取り組むことで現場職員の負担軽減を図り、それによってケアの質の向上を実現することを目的としています。最終目標は、あくまで利用者の「その人らしい生活」を実現するためであり、その点では利用者の尊厳保持につながるビジョンであることが強調されています。
「生産性」を当事者はどう受け止めるか?
しかし、こうした言葉というのは、それによって定義される対象に「人」が絡んでくることで、その人自身が「自分という存在がどのように位置づけられているか」について敏感になるものです。たとえば、「機能向上」という言葉の対象は「人の運動器や認知の機能」ですが、いずれも当事者の人格や意思から切り離されているものではありません。
この点に深く配慮せずに、「機能向上のために訓練しましょう」と言うだけでは、「自分という人間から機能だけが切り離され、機械として扱われているようだ」と考えてしまうこともあります。支援者がその人の身になった時、特に注意しなければならない点でしょう。
同様に、「生産性向上」という言葉を当事者が聞けば、「自分は(自立という目標に向けた)生産物なのか」と受け止めてしまうことは容易に想像できます。見方によっては、介護保険制度の根本理念である「その人の尊厳保持」にそぐわないとも言えるでしょう。
個人的にも、制度の変遷スピードが速まる中、さまざまなしくみを「生産性向上」という言葉で括ってしまうことがあります。そのあたりは、自戒を込めて当事者の受け止め方への想像力を高めなければなりません。
単なる言葉や記号の問題か。それとも…
単なる言葉の問題では──と思われるかもしれません。2024年度改定の生産性向上推進体制加算についても、制度上の「記号」に過ぎないと考えることもできるでしょう。
しかし、現場でそれを算定するには、組織全体で取組むという意思統一が必要です。その過程で、少しずつ「生産性向上」という言葉が現場の共通言語となっていけば、日常のやり取りの中で利用者やその家族の耳に届く機会は増えていきます。先に述べたように、「自分はどのように位置づけられているか」という思いに影響を与えるわけです。
もちろん、対象者の心理に配慮すれば、「ケアの質を高める」といった言い換えは可能です。しかし、加算項目に「生産性向上」という言葉が登場すれば、その言葉に引っかかってしまう人も少なくないはずです。その時点で、現場の従事者と利用者の間に微妙な溝が生じてしまうことも考えられます。
特に施設の相談員やケアマネなどは、今後「どのように説明すべきなのか」に悩みがちなケースも増えてくるかもしれません。
「生産性向上」の文言が消える場面も増加
こうした当事者との関係における現場の戸惑いは、施策立案に向けた議論の中でも少しずつ取り上げられつつあります。
たとえば、先のケアマネジメントにかかる諸課題検討会の中間整理では、素案で記されていた「ICT等を活用した生産性向上を推進」という文言から「生産性向上」が削除され、「業務負担軽減」へと置き換えられました。
認知症施策においても、2019年の認知症施策推進大綱では、医療・ケア・介護サービスに関して「介護人材の確保・定着」に向けて「生産性の向上」の文言が使われていました。それが、先に閣議決定された認知症施策推進基本計画では、人材の確保・育成に関して「生産性の向上」という言葉は登場していません。
同計画では、認知症の人を単に「支える対象」としてではなく、「一人の尊厳ある個人」としてとらえることを前提としています。当たり前のことではありますが、改めてこうした考え方を軸とすれば、やはり「生産性向上」という言葉がそぐわないのは当然でしょう。
こうして見ると、介護・福祉分野に「生産性向上」という言葉を用いることへの違和感が、国の施策にも少しずつ影響を与える流れになってきたのかもしれません。2027年度の制度見直しに向けた議論でも、この言葉のあり方が議論の対象になる可能性があります。現場のあなたはどう考えるでしょうか?

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。