
2023年度の「高齢者虐待防止法にもとづく対応状況」の調査結果が公表されました。深刻化する「養介護施設従事者等(以下、従事者)」による虐待ですが、今回は判断件数が調査開始後で初めて1000件を上回り、伸び率も対前年度比で3割超と衝撃度が高まっています。
虐待防止措置の強化タイミングとの関係
従事者による虐待の判断件数は、2020年度にいったん減少に転じました。コロナ禍で第三者の目が届きにくかった、行政も立入検査などが行ないにくい──などの状況があったことも考えられます。ただし、以降もコロナ禍が深刻度を増したにもかかわらず、2021年度からは判断件数が急増に転じます。
そうした点を考慮すると、事態は数字以上に深刻化しているのかもしれません。その深刻度は、以下の状況からもうかがえます。
2022年度の結果公表時でも述べましたが、2021年度改定で全サービスを対象に高齢者虐待防止措置が(3年の経過措置をもって)義務化されました。その義務化や経過措置終了間近というタイミングに沿うように、虐待判断件数の伸び率は右肩上がりを見せ、15%から30%へとペース加速が倍化しました。
もちろん、国による虐待防止措置の中には、自治体による把握体制の強化(2023年3月の対応マニュアル改訂など)も含まれます。それによって、水面下の実態把握が進んだという見方もあるでしょう。仮にそうだとしても、2023年度調査での判断件数の伸びがここまで加速するというのは、2021年度措置の効果を打ち消すような「介護施策上の問題」があるのでは…という見方も浮かんできそうです。
現場意識の高まりが通報増につながった?
今回の調査結果から、判断件数急増の背景を掘り下げてみましょう。まずは、先に述べた「自治体による把握体制の強化」が影響したという視点から。この場合、自治体努力だけでなく、現場からの相談・通報が円滑に行われるようになったという状況も含まれます。
たとえば、相談・通報者の内訳を見ると、その施設の現任職員や管理者等の増加が、対前年度比で特に目立っています。中でも現任職員は3割近い伸びで、初めて1000人台となりました。ややポジティブな見方をすれば、虐待防止措置が強化されたことで現場の虐待に関する意識が高まり、加えて自治体側の受付体制も整ってきた証なのかもしれません。
一方で、虐待が確認された施設等のうち、過去に虐待や指導等があったケースは、割合がやや減少しています。つまり、「今まで虐待・指導等がない施設」での虐待判断の件数が、全体の数字以上に伸びていることになります。
このあたりも、現場の虐待への問題意識が広がった証と見ることもできそうです。ただし、「今まで虐待等と無縁だった(適切なケアが行われていた)施設等」でも、リスクが高まっている…という事実も無視できません。
「経済的虐待」が対前年度比15%増のなぜ?
こうして見ると、「現場意識」の高まりによって虐待事例が顕在化した一面とともに、「現場の虐待リスクそのもの」も高まっているという「同時進行」の様子が浮かんできます。今調査の虐待件数の急増は、両方の状況がミックスされたことが背景にあるわけです。
そうなると、基準上の虐待防止措置の遵守はもちろん、今後は各取組みの「質」と、それによる「効果」が問われることになります。
その現場ごとの「取組みの質」と「効果」を高めるうえで、今調査から浮かぶ「もう1つのポイント」に着目します。それは、虐待の種別で「経済的虐待」の割合が、2022年度の3.9%から2023年度の18.2%へと15ポイント以上急伸していることです。
経済的虐待の主な内容としては、「金銭の寄付・贈与の強要」や「着服・窃盗」、「無断流用」など。「着服・窃盗」などとなれば、思わず手が出てしまったり、言葉を荒げるなどの「身体的・心理的」な虐待と比べて、防止策の傾向がやや異なりそうです。具体的には、(出来心の発生を防ぐことも含めて)管理的な部分への踏み込みが強くなります。
「経済的虐待増」と「人員不足」との関係
たとえば、研修でアンガーマネジメントやケアにかかる正しい知識の修得などに力を入れるだけではどうしても足りません。とはいえ、単純な管理強化を推し進めるだけでは、現場従事者に「自分たちは信用されていない」という意識を持たせる懸念も生じます。
そこで、「何かあった時に現場が疑われないようにするために」という「従事者を守る視点」のもと、管理のあり方を従事者参加の委員会で話し合うという体制が望まれます。
たとえば、利用者の居室立ち入りや荷物の預かり等は「原則として2人以上の体制で行なう」といったルール案を上げつつ、委員会で意見を募るという具合です。この「複数人体制」は、利用者の服薬に際しての誤薬防止というリスクマネジメントともリンクします。
しかし、たとえば人員不足の折、こうした「複数人体制」などの取組みは困難な状況も多いでしょう。その点を考えると、人員の不足やそれを受けての基準緩和といった流れが、実はこの「経済的虐待」の増加に関連している可能性も考えなければなりません。
国としても、虐待関連の調査分析を進めるうえで、制度のあり方との関連性にきちんと踏み込むことがますます求められそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。