
利用者および家族による、いわゆる「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」は、かねてから介護現場で大きな課題の1つとなっています。労働組合によるアンケート調査でも、従事者の心身に与える影響の深刻化などが浮かんでいます。このカスハラへの対策は、今後どのような方向に向かうのでしょうか。
政府から野党から、カスハラ対策法案が続々
カスハラ対策について、自治体では東京都が独自の条例を制定しました。施行は今年4月からです。国レベルでは、厚労省が今国会に「労働施策総合推進法」等の改正案を提出し、カスハラ防止に向けた事業主の雇用管理上の義務化措置などを示しています(同規定については、公布日から1年半以内に施行)。
一方、議員立法としては、野党の国民民主党がやはり今国会に、カスハラ対策法案(正式名称:消費者対応業務関連特定行為対策の推進に関する法律案)を提出しました。他の野党の賛同を得れば、少なくとも衆議院は通過するでしょう。先の厚労省提出の法案との調整が図られる可能性もあります。
ちなみに、現在審議中の2025年度予算案でも、前年度に引き続き「総合的ハラスメント防止対策事業」が計上されました。その中には、「業種別カスハラ対策の取組み支援」メニューも含まれています。
新法施行までの間は、どのような対策が?
ここで、改めて現行制度にも注目しましょう。まず介護保険の基準省令(2023年度改定)では、「パワハラ」と「セクハラ」に関して男女雇用機会均等法等にもとづいた措置が事業者に義務づけられています。
ただし、利用者・家族によるハラスメントについては、セクハラ対策だけが義務づけの対象です。それ以外のカスハラ対策については、上記の義務化措置の中に含めることを「推奨」とするという位置づけにとどまります。
なお、介護報酬上の対応としては、訪問介護において、利用者・家族による暴力行為や著しい迷惑行為があり、「当事者の同意」を得ている場合には「2人訪問」を可能としつつ「2倍の介護報酬」の算定が可能です。
もっとも上記施策にも、たとえば「当事者の同意」が得にくいといった課題があります。厚労省としては、地域医療介護総合確保基金を活用し有償ボランティア等の同行を可能にするしくみを周知していますが、2024年時点での活用は16自治体にとどまっています。
介護業界特有のカスハラ判断に迷うケース
こうした状況下では、新法の施行や省令改正までの間に、現場レベルでの従事者が被るカスハラは深刻化する懸念があります。特にケアマネなどは、相談援助の過程で業務範囲のあいまいさが多い分、利用者・家族からさまざまなプレッシャーを受けがちです。
そうなると、ケアマネの「燃え尽き」などを防ぐ観点からも、事業所ごとの相談対応の強化をまず期待することになります。ただし、事業者任せとなる場合、さまざまな問題もあります。その1つに、介護業界特有の考え方から、事業所としての「カスハラ」判断が揺らぎがちになることです。
厚労省のマニュアルでは、「カスハラ」の定義として、A.顧客等の要求内容が社会通念と照らして妥当性を欠く、あるいはB.要求を実現するための手段が社会通念上不相当である(身体的・精神的攻撃や威圧的な言動、執拗な言動、土下座の要求など)としています。
たとえば、Aに関連して「ケアプランに示された意向が自分の真の意向とは違う」といった申し出があるケース。Bでは、不安を抱きがちな利用者から、同じことを何度も繰り返し電話で尋ねてくるというケース。これらをどう判断するかは、ケアマネの間でも常に議論されたりするのではないでしょうか。
問題は、「利用者の境遇・不安な心理状態等への理解」や「その人なりの人生観の尊重」などが、各職能の責務として位置づけられがちなことです。それゆえ、事業所で相談窓口などを設けても、相談内容によってはカスハラかどうかの判断に迷ったあげく、対応についてのアドバイスをするだけで「あとはケアマネ任せ」となることもあります。
2027年度改定で、国に求められる施策とは
しかし、仮に利用者が認知症でBPSDが悪化しているといったケースでも、相談援助を担うケアマネ等には(「専門職としてのスキルを発揮しなければ」という自覚はあったとしても)一定のストレスはかかります。相談援助職も人間ですから、これは仕方ありません。
そこで必要なのは、「カスハラ」かどうかという判断以前に、やはり組織としてのアクション(同行対応などでケアマネの精神的負担を軽減するなど)を優先させることでしょう。その観点から、国としても「カスハラだから」ではなく、「判断に迷うケース」でも同行訪問等を行ないやすくするだけの基準や報酬の設定を早期に検討するべきではないでしょうか。
カスハラ対策法ができ、事業所の責務が強化されたとしても、それだけは介護現場の従事者負担はなかなか解決されないケースが想定されます。逆に、法律でお墨付きをもらったからと、簡単に「サービス提供の拒否」に乗り出す事業者も出てくるかもしれません。
こうしたさまざまな混乱要因を見すえたとき、新法の制定にともなう2027年度改定では、介護現場特有の判断基準と対応策を今まで以上に明確にし、それに見合った支援策をセットで示すことが必要になりそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。