未来の介護現場に豊かさを築くために─ 「生産性」でなく「創造性」の議論を

介護保険見直しの論点の1つに、やはり「生産性の向上」が上がっています。このテーマをめぐり、介護保険部会等では「生産性向上が介護の質に結び付くのか」といった課題もたびたび議論されます。制度の将来を見すえつつ、「生産性向上」について改めて考えます。

生産性向上の「目指すべきもの」は何か

過去の介護保険部会でも、「ICTやAIの導入等による生産性向上の目的は、人員削減ではなく、業務を効率化し、ケアの質を向上させることである点を確認すべき」という意見が見られました。厚労省としては「指摘されるまでもない」といった所でしょうが、生産性向上をめぐっては「何が目的なのか」という主題が時としてあいまいになりがちです。

将来的に労働力人口の減少が見込まれる中では、確かに「限られた人員で現場を担わなければならない」という課題への対処は必要でしょう。しかし、現状の人手不足は、「他産業との賃金格差」が大きいゆえに「人が集まらない」といった施策上の問題が絡んでいます。問題の背景が微妙に異なるわけです。

ところが、「将来(2040年)に向けて今から準備が必要」という理屈のもと、現状の人手不足をモデルケースのように位置づけたうえで議論が進んでいる──これが現場のもやもや感を強めているのではないでしょうか。

「生産性向上」自体が目的化していないか

現在の重要課題の1つは、先に述べた「賃金格差」の解消です。この解決によって介護人材のすそ野を広げつつ、介護の質向上に向けた土台を固めることが何より先決でしょう。

この土台があってこそ、「介護の質の向上」という目標をブレさせることなく、「将来の労働力人口減少に向けた生産性向上」というステップを築くことができます。つまり、何を目指して、今何をすべきなのかというルートマップが整うことになるわけです。

これに対し、今の生産性向上の推進策が「将来に向けたモデルケース」という位置づけにされてしまうと、「生産性向上をいかに現場に浸透させるか。そのために制度上でどのようなインセンティブを設けることが効果的か」という議論がどうしても先行してしまいます。

結果として、「人が集まらなくても事業運営ができること(人員基準の緩和)」などにスポットが当たりがちです。もっと言えば、テクノロジー導入や介護助手等の採用による生産性向上という、本来は「手段」であるべきものが「目的」化する恐れがあるわけです。

さまざまなステップの先にあるものが重要

確かに、テクノロジー導入等によって業務が効率化すれば、現場従事者の負担軽減に結びつく可能性は高まるでしょう。この負担軽減(職場環境の改善)も、介護業界に「人が集まらない」という課題解消に向けた1ステップであることは間違いありません。

しかし、これもあくまでステップ(手段)に過ぎません。人が積極的に「参画したい」と思える業界であるには、その先に何があるのかを明確にすることが必要です。それは何か。ここでは「介護の生産性」の代わりに「創造性」という言葉を用いたいと思います。

先に「介護の質向上」と述べましたが、その中での「創造性」というのは、何をもって「介護の質」とするのかを明らかにしつつ、その質の向上を実現することで「豊かな社会のあり方を創造する」というビジョンです。

介護保険の目的といえば、法律の目的にも記されている自立支援・重度化防止と当事者の尊厳保持です。ただし、これらは「重度化させないようにする」あるいは「尊厳が損なわれないようにする」という具合に、やはりステップの1つに過ぎません。

現場としては、「そうならないように努力する(保険事故を回避する)」わけですが、あくまで「マイナスに転化させない」いうネガティブな面があることは否定できません。心から介護現場で働きたいというポジティブさを引き出すうえでは、やはり弱さが残ります。

介護が創造する「豊かな社会」を見すえて

そこで見すえたいのが、先に述べた「創造性」です。たとえば、現場の取組みによって、利用者の栄養状態が改善し、運動機能とともに意欲・活力が高まるとします。あるいは、認知症のBPSD改善が図られ、他者とのポジティブな関係性が築きやすくなるとします。

それによって、地域の人々との交流機会が増えたり、家族と和やかに過ごす時間が増えるかもしれません。長い人生を過ごしてきた高齢者は、もともと豊富な知識・経験を有しています。上記のような社会参加や交流機会が増えれば、若い世代(現場従事者含む)が携えない知見なども伝わりやすくなります。

こうした高齢者の知見を地域づくりに活かす取組みなどは、すでにいくつかの自治体で見ることができます。施設を訪ねてきた子どもたちが、利用者から昔の算術や絵の描き方教えられ、「学校の授業より面白い」と目を輝かせていた場面を見たこともあります。

もちろん、そうした文化的光景の実現には、日々のケアがきちんと実践されていることが必要です。その部分の効率アップ(生産性向上)を図るとして、その先にある「豊かな社会のあり方」、つまり「介護がもたらす創造性」という地点が見すえられてこそ、取組みに熱を入れることができるはずです。今からでも、介護の「生産性」を「創造性」というビジョンに置き換えることはできないでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。