
再び2024年度介護労働実態調査の結果について取り上げます。今回の焦点は、介護労働者の「直前の仕事を辞めた理由」についてです。事業者にとっては、現在勤務する従事者の離職を誘発させないため、どのような配慮が必要なのかを考えるヒントとなりそうです。
「直前の仕事」を辞めた理由で多いのは?
直前の仕事を辞めた理由ですが、その仕事が「介護関係」の場合、トップ4は以下のようになっています。
A.職場の人間関係に問題があったため(24.7%)
B.他によい仕事・職場があったため(18.5%)
C.勤務先の事業理念や運営のあり方に不満があったため(17.6%)
D.収入が少なかったため(16.3%)。
この上位4つのうち、直前の仕事が「介護以外」の場合との比較で、特に開きが大きい(「介護関係」の方で割合の鷹さが目立つ)理由が、A.とC.です。A.で10ポイントの開き、C.では2倍の開きとなっています。
A.の具体ケースとしては、「上司・先輩によるパワハラ」や「業務指示の不明確、リーダーシップの欠如」が特に目立ちます。パワハラなどは法令上の対策も強化され、業務指示のあり方についても「見える化」をいかに図るかが各種研修でも取り上げられています。その点では、国・自治体・業界団体の連携による対応が今後も強化されていくでしょう。
「人間関係」の中にある「意思疎通」の問題
問題は、上記以外で目立っているもう1つのケースです。それは「仕事の進め方に関する上司や同僚との意思疎通がうまくいかなかった」というもの。たとえば、「利用者に対して、どのようなケアを展開していくか」をめぐり、上司・同僚の意図とこちらの意図が「かみ合わない」、つまり、「納得」のレベルがすれ違っているといった状況が想定されます。
これは法令順守や管理者教育等の強化では、なかなか解決できる課題ではありません。糸口があるとすれば、相互の納得をすり合わせるべく「地道な対話」の習慣を築き上げることです。ただし、常に慌ただしい現場の中では、口で言うほど簡単なことではありません。
利用者をめぐる課題の本質はどこにあるか、その人の尊厳を保持できるケアはどうあるべきか──現場のケース検討やカンファレンスでは、こうしたチーム内での見解が従事者ごとに異なりがちです。その溝を埋めるには、各自が他者の多様な意見を尊重しつつ、解決に向けた歩み寄りを図るスキルが必要です。
対話スキルが十分に育まれていない中で…
これは一朝一夕でできることではありません。欧米の介護現場でのカンファレンスをいくつか視察したことがありますが、見解の異なる相手の意見も遮らずにきちんと受け止め、お互いの違いを整理しつつ発展的な議論を行なうという光景が印象的でした。後で聞いた話では、初等教育の段階からこうした訓練が行われているとのことです。
わが国では、そうした対話教育の機会は十分に設けられているでしょうか。SNS等では、「自分の認識の誤り」を振り返らず、「相手の見解」を一方的に否定するだけ──といった光景を目にすることがあります。早期からの対話スキルが未成熟とすれば、いきなり現場での意思疎通を図ることにも限界があります。
このあたりの課題は、先に述べた「直前の介護の仕事を辞めた理由」のうちのC.(勤務先の事業理念や運営のあり方に不満があったため)でもうかがうことができます。
このC.の具体的な内容を見ると、トップの「経営の効率化を過度に重視していた」をはじめ、「介護の質の向上の手法・方向性が自分の考え方とは異なっていた」、「仕事の仕方に関する職員の提案を、管理者が聞いてくれなかった」などの回答が3割超で並んでいます。
この結果からは、「経営の効率化」や「介護の質の向上」、「仕事の仕方」などについて、トップダウンによる一方的な押し付けが組織の原理となっている様子が浮かび上がります。
「対話スキル」向上に向けた2つのステップ
国は、現場の生産性向上に際して、委員会開催などの意思疎通機会を設けることを定めています。しかし、組織内での「対話」の文化が形成されない限り、「場」だけを設けても、結局は「上意下達」や「発言力のある人の意見表明」だけで終わってしまいがちです。
では、「納得」形成のための「対話」文化をどう培えばいいでしょうか。匿名掲示板のように、「誰もが意見を述べやすい環境」を設ける方法もあるでしょうが、これだけでは「対話」スキルの向上は難しいかもしれません。そこで求められるのは、2つのステップです。
1つは、介護業務で問われる「傾聴スキル」について、「従事者同士」あるいは「組織トップおよび管理者と現場従事者」の間のやり取りまで想定した訓練機会を設けることです(法人トップや管理職も参加を必須とする)。
もう1つは、会議等での「発言」について、「異なる意見・考え方でも相互に尊重しあう」、そして「事前ルールに則った発言であれば(その内容如何にかかわらず)必ず守られる」という権利条項を明文化することです。従事者による発信の権利を守ることは、利用者の人権保持の徹底にもつながる課題でしょう。
たとえば、「効率重視」を打ち出すにしても、上記2つのステップを経て、必ず現場従事者の意見尊重の機会を設けること。これがないと、「業務の効率化」を進める前に「人」が離れ、組織自体が成り立たなくなる──この認識に、今こそ立ち返りたいものです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。