
急速な物価高騰や混迷し続けた政局の影響などにより、介護現場はおろか地域の医療も崩壊の恐れが現実となりつつあります。現状の肌感覚では、来年度の介護従事者の減少等は驚くほど厳しい数字となるかもしれません。「人」を介護業務にとどめるため、処遇改善はもちろん、より抜本的な改革も必要です。
「介護分野の再興」は国の主要課題となるか
医療もさることながら、介護事業の継続にとって軸となるのは、当然ながら「人」です。
特に、若い世代の人々が希望をもって介護の仕事で働ける環境をいかに築くか。これによる介護基盤の再興は、いわゆるワーキングケアラーの増大にどう対応するかという課題とも直結します。現役世代が家族の介護に過剰に拘束されることなく働けることは、貧困率の低下や税収の拡大にもつながります。
「希望ある介護就労」に向けて、緊急課題となるのは当然ながら処遇改善です。しかし、現状の他産業との賃金格差を埋めるだけの財政出動となると、他の予算分野との調整が難航するのは必至です。「介護分野の再興」にかかる強い名分がないと、厳しい環境に抜本からテコ入れするだけの規模は(過去の例を見ても)十分な期待はできないでしょう。
もちろん、介護保険法という事業のあり方を定める軸はあります。2025年6月の政府の骨太の方針でも、「社会保障関係費に物価動向等を適切に反映する」旨は記されています。
しかし、介護保険法では介護資源の健全な育成や介護従事者の職業人生への配慮の規定はありません。先の骨太の方針も、財政出動の規模が明示されているわけではなく、そもそも内閣が変わったことで、どこまで継続されるのかについては不透明感が残ります。
介護保険法に求められる新たな規定
そうなると、介護従事者が職業人生をまっとうできる処遇を手にできるかという以前に、その後の施策展開も含めて「希望ある未来」を築くより強いビジョンが必要です。
とれる手段があるとすれば、先に述べた「介護従事者の職業人生への配慮」を明記した介護等従事者支援法のような法律の制定です。国会制定法は、すべての省庁等の施策への「縛り」となります。法律にそぐわない予算編成は「できない」ことになるわけです。
もっとも、規定があいまい(政府の義務が努力規定や理念だけにとどまるなど)では、仮にこうした法律ができても実効性は乏しくなるでしょう。そこで、こうした法律に限らず、たとえば現状の介護保険法においても、以下のような規定を設けてはどうでしょうか。
それは、介護保険にかかる予算編成に際して、必ず「現場で働く介護従事者の代表」および「全保険者」が取りまとめた「地域の従事者の意向」を把握し、交渉によって施策に反映させなければならないというものです。
既存審議会とは別装置で「現場の声」を反映
もちろん、現行の介護保険法でも「(さまざまなしくみに関して)社会保障審議会の意見を聞かなければならない」という規定はあります。また、その審議会には委員・参考人として労働者の代表なども含まれてはいます。
しかし、審議会にはさまざまな立場の代表が参加しているため、現場の介護従事者の意向だけが影響を持つわけではありません。だからこそ、審議会とは切り離した形で現場従事者の意向把握を行ない、「施策に反映させる」という独立規定が求められます。
現場で働く一人ひとりの意向を取りまとめ、(予算編成を含めた)介護施策へと確実に反映させる──直接民主主義に近い、こうしたボトムアップの手法は、今の日本において現実的には難しいと思われがちです。しかし、そうした風土を少しでも築くための流れは社会的に芽を出しつつあります。
たとえば、インターネット上での大規模な署名サイトも成長しつつあり、実際のそこで集まった署名が施策を動かした例もあります。新内閣も、社会保障に関して「国民会議」の設置を表明しています。ここに現場従事者の参加できる余地を増やす方法もあるでしょう。
新たなボトムアップ回路が求められる時代
厚労省の中にも、(ちょっとしたものではありますが)動きがあります。現在議論されている「これからのLIFEのあり方」について、「科学的介護推進に向けた質の向上支援等事業」の中で、介護職員等からLIFEの新規項目の募集を行なう案が見られることです。
審議会における現場からのヒアリングや現場の取組みの好事例の横展開という、これまでの施策のあり方の延長に過ぎないかもしれません。「新規項目の募集」という、LIFEの大きな流れから外れない中でのアイデア募集なので、施策全体から見れば微細なものにとどまる可能性もあるでしょう。
それでも、こうした「募集」を行なうということは、LIFEなど国主導の施策と現場の現実との乖離について、厚労省も何かしらの手を打たなければならない状況に追い込まれている証とも言えます。同様のことは、これから本格稼働する介護基盤、あるいはケアプランデータ連携システムにも言えるでしょう。
政治家同士の駆け引きや省庁・大臣の交渉、既存の審議会という狭い枠組みだけでなく、ここに「現場の切実な求め」をボトムアップする回路をどのように組み込むか。その形を明確にすることこそが、介護業界の「希望」を確かなものにするカギではないでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。