
11月21日、政府が「『強い経済』を実現する総合経済対策」を閣議決定しました。これをベースとして、今国会に提出する補正予算が編成されます。注目の処遇改善策としては、「月あたり1万円(6か月分)」を期中改定までの「つなぎ」とする案が示されています。
「月1万円」で賃金上昇率はどうなるか?
冒頭の「総合経済対策」では、介護施設等の経営改善や介護従事者の処遇改善を進めるための「医療・介護等支援パッケージ」の措置が示されました。気になる処遇改善の規模ですが、首相の記者会見では「月1万円の半年の賃上げを措置する」としています。
半年分ということは、2026年度の期中改定を見込んでの「つなぎ」策となります。問題は、「月1万円」という規模でしょう。
先に厚労省が示した2025年9月時点の処遇等実態調査では、月あたりの基本給等(基本給+毎月決まって支払われる手当)は対前年同月で月あたり6,130円のアップ。賃上げ率はプラス2.5%でした。ここに月1万円が上乗せされるとプラス幅は6.5%となります。
一方、全産業では、2025年度の春闘等結果によれば「平均賃金方式による定期昇給相当込みの賃上げ」状況(一時金は含まず)の地投げ率はプラス5.25%。この数字と比較すると、介護従事者への「月1万円」により、介護分野と全産業とのプラス幅は逆転します。この賃上げ率だけを見ると、確かに「緊急支援」の名には値するかもしれません。
他産業との賃金拡大を押しとどめたレベル?
しかし、「賃上げ額」の比較で見ると、全産業で16,356円となるのに対し、介護分野は今回の「月1万円」の上乗せで16,130円にとどまります。賃上げ額については、「ほぼ追い付いたがまだ足りない」というレベルです。
賃金構造基本統計調査で明らかなように、2024年度時点で介護分野と全産業の賃金差は8万円以上にのぼります。8月以降の処遇改善加算の上乗せや2024年度補正予算の一時金支給などがあったことを考慮しても、まだ7万円以上の開きがあります。
こうした点を考慮すると、今回の「月1万円」は、「他産業と差が開くばかりだった」状況をとりあえず押しとどめたレベルに過ぎません。ここから「いかに差を縮めていくか」という「その後の施策」が重要になります。
具体的には、今回の「医療・介護等支援パッケージ」でも明記された2026年度の期中改定において、今回の「月1万円」を大幅に上回る改定率が示されるか否かにあります。
「一時しのぎ」の印象を与えないためには…
仮に、今回の「月1万円」支給が実現されたとしても、そこから一足飛びで他産業との賃金格差を埋めるには、20%近い処遇改善分の改定率が必要です。さすがにこの数字には無理があるとしても、少しずつでも他産業との賃金格差を埋めていく「工程」は必要です。
業界に対してこの「工程」を示すことができないと、現場の従事者の勤続意欲はもとより、「現場が納得できる賃金アップを今後も持ち出しでしのぐ」という事業者の経営見通しも成り立ちません。つまり、介護サービス事業の撤退がさらに加速することになります。
何より今後も物価の上昇や、それにともなう他産業の賃金アップが続くのは確実です。処遇改善をめぐる施策が「一時しのぎ」と映ってしまえば、「また賃金差が開く」という見立ては瞬く間に業界にまん延しかねません。
だからこそ、何年単位でどこまで賃金差を縮小するのかという道筋をきちんと示すことができるのかどうかが、今後の施策展開において不可欠となります。今回の補正予算が「緊急の土台作り」とするならば、その上の「建物像(工程)」を2026年度予算編成の段階で明らかにすることが最低限必要でしょう。
多少でも上積みがなされるかどうかに注目
問題は、今回の「月1万円」給付が、上記の期待につながる「入口」となったのかという点です。先に述べたように、「とりあえず(他産業との)上昇額の差に追いついた」というレベルである場合、そこから先の「賃金額そのものの差を埋めていく」方向への期待を築くには力不足の感が否めません。
前回のニュース解説では、野党側の経済対策にある「月1.5万円」が「最低ライン」であり、そこからいかに上積みされるかが焦点と述べました。ここで述べた「上積み」とは、「上昇額が他産業と追いつくだけでなく、次のステップ(賃金額の差の縮減)に向けて踏み出したことを意図させる金額」という意味です。その点では、賃金上昇の上回り額がわずか270円程度の「1.5万円」も弱い数字には違いありません。しかし、少なくとも「上回った」という事実が、その後のステップの萌芽を業界に期待させる効果となりえます。
確かに、今回の経済対策では物価上昇に対する「重点支援地方交付金」の上乗せも図られます。それをももとに各地域での支援策が拡充されれば、現場の賃上げに取り組める余力が回復することも期待されるでしょう。
しかし、自治体業務も煩雑化しがちな中、事業者にとって「現場の処遇改善の先行きが見える」のは、やはり国よる直接的な処遇改善策をおいてありません。予備費などの活用も含め、野党側の意見などもくみつつ、月1万円からの上積みに期待したいものです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。