
次期制度改正に向け、「制度の持続性確保」にかかる論点の1つが、要介護1・2の生活援助等の地域支援事業(総合事業)への移行です。かねてから反対意見が根強いテーマの1つでしたが、今回も見送りとなりそうです。
見送りの背景に、認知症基本法の制定!?
財務省側の強い提言にもかかわらず、見送りの流れとなった背景を考えてみます。個人的には2024年1月施行の「共生社会を実現するための認知症基本法(以下、認知症基本法)」が1つのカギだったと考えています。
すでに一部サービスで総合事業が適用されている要支援1・2と、新たに総合事業への移行案の対象とされた要介護1・2での大きな違いといえば、やはり認知症の人の割合です。
本ニュース解説でも何度か取り上げてきましたが、過去のデータによれば、前者と後者で約8倍もの開きがあります。これだけの差があれば、移行にかかる認知症の人への影響を徹底的に精査しなければなりません。
ちなみに、厚労省の検討会では、総合事業の充実による多様な主体の参画は「認知症の人の地域のつながりにも寄与」としています。
しかし、「地域とのつながり」のためには、日常生活におけるBPSDの発現・悪化防止に向けた生活環境の改善や、その際の専門職による認知症ケアがしっかり機能していることが大前提です。その前提までひっくるめて、地域ごとに実施状況の異なる地域支援事業(総合事業含む)に移行させることは、やはり拙速に過ぎると言わざるを得ないでしょう。
総合事業移行が法令違反に問われる可能性も
ここで、先に述べた「認知症基本法」の条文を改めて確認してみましょう。
第三条の基本理念では「認知症の人の意向を十分に尊重しつつ、良質かつ適切な保健医療サービスおよび福祉サービスが切れ目なく提供されること」とされています。
この基本理念を受けた基本的施策では、第十八条で国・自治体の責務として「個々の認知症の人の状況に応じた良質かつ適切な保健医療サービスおよび福祉サービスが提供されるよう、認知症の人の保健、医療または福祉に関する専門的知識および技術を有する人材の確保、養成及び資質の向上その他の必要な施策を講ずる」ことを定めています。
つまり、認知症ケアにかかる専門的な知識・技術を備えた人材を育成したうえで、そうした人材による「良質かつ適切なサービスの切れ目ない提供」が、国や自治体に義務づけられていることになります。
仮に、地域支援事業への移行に際して、「専門職による良質・適切な認知症ケア」が十分に保障される体制が見込めないとなれば、その施策自体が法令違反になる可能性も生じることになります。将来的には、国会で問題とされるだけでなく、利用者による国を相手取った訴訟にも発展しかねないわけです。
本当に移行するとなれば、必要となる措置
施策の立案を担い厚労省としては、上記のような事態は避けなければならない思惑もあったかもしれません。過去にも何度か述べましたが、国会制定法というのは、それだけ重いものであり、国の施策を強く縛る存在です。
もし厚労省が、「要介護1・2の一部サービスを地域支援事業に移行させる(介護給付から外す)」なら、少なくとも以下のいずれかの措置を講じる必要があるでしょう。
(1)要介護1・2のうち認知症がある人については、すべて給付サービスを維持すること。その際、「認知症の有無」について恣意的な判断がなされないよう、主治医だけでなく包括や当事者団体(認知症の人と家族の会など)の支部の意見を反映させること。
(2)生活援助等を総合事業に移行させるなら、移行先の主体に必ず認知症の専門研修を修了した人材の配置を義務づけ、認知症初期集中支援チームおよびケアマネによる「サービス提供にかかる監修」に従うこと。
(2)などは、専門人材の育成・配置に見合う報酬が必要になります。行政も事務的な手間もかさみかねません。その点を考えれば、財政上の拠出という観点からも、地域支援事業に移行させる必要性は乏しいことになります。
認知症以外の利用者にもさまざまな影響が
ここまでは、主に対象者が認知症である場合の課題について取り上げました。一方で、認知症以外の要介護1・2の人についても、地域支援事業(総合事業)への移行をめぐるさまざまな影響を精査しなければなりません。
たとえば、ADL等の低下が要介護1・2の主因となっている場合、そこには持病の進行はもちろん、栄養状態や口腔機能に相応の悪化リスクが潜んでいる可能性も非常に高いことになります(それが要介護1・2の状態であることを認識しなければなりません)。
訪問看護を入れる状況ではなくても、水面下でのリスクが膨らんでいるとすれば、ちょっとした異変に気づけるかどうかが入院等を防ぐカギとなります。そのスキルが総合事業内で確保できるのかが問われます。
こうした影響精査を強化するうえで、認知症以外のケースにおいても、認知症基本法と同様に下支えする法令が必要です。たとえば、介護保険法とは別に、介護保険利用者の権利を明確に定めた基本法を制定するという具合です。国が現場への影響を十分に配慮しないまま給付抑制に走る──そうした流れを防ぐ手立てが求められる時代かもしれません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。