「負担の担い手」をめぐる国民の意識は?

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国民の社会保障への意識はどうなっているか。負担増をどう考えているか──これらを示したのが、厚労省の「社会保障に関する意識調査」の報告書です。同様の調査は3年に2回のペースで行なわれていますが、今回は2019年7月時点での調査となります。

消費増税を間近に控えた時点での調査

調査時期は2019年7月。同年10月の10%への消費増税を間近に控えた時期に行なわれたものです。このタイミングでは、増税分を活用したさまざまな社会保障施策も打ち出されています。介護分野では、特定処遇改善加算が新たに設けられました。

国民にしてみれば、税率10%という大台が目前に迫り、「これ以上の増税は家計面で厳しい」という意識が高まりやすいタイミングといえます。また。新施策が増税負担に見合った施策となるのかどうかに、多くの人が注視していた時期でもあります。

そうした中での調査結果を見ると、たとえば「負担と給付との関係」や「誰が主に負担をするか」等について、興味深い点がいくつか浮かび上がってきます。

「負担増やむなし」は4年前より減少傾向

まず、「今後の社会保障の給付と負担の水準」についてですが、「負担増もやむを得ない」という回答がトータルで52.7%と半数以上にのぼります。「負担増」を条件とした「給付水準」ごとの内訳としては、(1)「給付水準引き上げ」が11.6%、(2)「給付水準の維持」が27.7%、(3)「給付水準のある程度の引き下げ」が13.4%。「負担増はやむを得ないが、給付水準は維持または向上させてほしい」と考える人が4割近くに達していることになります。

負担増を求める人は意外に多い─という印象を受けるかもしれません。しかし、過去データとの比較では、やや異なる様子が浮かんできます。たとえば、4年前にさかのぼった2015年の調査で見てみると、以下のようになります。「負担増もやむを得ない」という回答のトータルで60.6%。上記の(1)+(2)(給付水準の維持または向上を求めているケース)では、43.5%と4割を超えています。

つまり、2015年調査における国民の「負担増」への理解は、2019年調査の時点よりも高かったことが分かります。言い換えれば、家計に余裕のある人の割合が相対的に高く、社会保障への信頼もそれなりにあったといえます。これが2019年になると、消費増税前から景気の減速も認められる中、国民の考え方も変わってきたと考えた方がよさそうです。

「高齢者に負担を求める」が主流意識に!?

注意したいのは、「過去4年で負担への抵抗感がやや強まった」だけでありません。上記の調査を年代別で見ると、現役世代(特に40歳未満)で「負担増」への抵抗感が大きく高まっています。その分、「わからない」という回答が急増しています。理由は定かでないものの、「社会保障が大切なのはわかるが、若年世代にとっての給付の恩恵への実感が乏しくなっている」という可能性もあるでしょう。

ちなみに、2019年調査では「今後の高齢者と現役世代の負担水準」について尋ねた項目があります。それによれば、(1)「現役世代の負担水準の引き下げ・維持」のため「高齢者の負担が重くなることはやむを得ない」と、(2)「高齢者の負担水準の引き下げ・維持」のため「現役世代の負担が重くなることはやむを得ない」では、(1)の「高齢者の負担増もやむなし」が6ポイント以上高くなっています。  

こうして見ると、現役世代の負担感が強まる中で、「高齢者にも相応の負担を求める」という考え方が主流になってきたという見方もできそうです。国が進めている「全世代型」の社会保障のあり方に、国民の意識も沿ってきたと言えるのかもしれません。

単純な二者択一には、国民も「迷い」がある

今回の調査数は約1万1000人で、回収はその7割。わが国の20歳以上の人口の0.01%程度に過ぎません。調査の有効性という点では疑問符も付きそうですが、それでもこうした国の調査は今後もさまざまな施策検討の場で取り上げられることになるでしょう。

今回の調査は、厚労省内の政策統括官付の政策立案等を担当する部署が行なったものです。政策統括官は、これから厚労省が進めようとする施策のグランドデザイン(いわば青写真)を描く役割を担っています。

となれば、「現役世代の負担<高齢者の負担」という施策の方向性について、「国民のコンセンサスがとれつつある」という点が強調されそうです。介護保険では、2割負担の拡大や居宅介護支援への利用者負担導入を進めるうえでの「根拠」とされる可能性もあります。

もっとも、調査結果に注意するとやや違った面も読み取れます。先の「現役世代or高齢者の負担水準」の調査では、やはり「わからない」の回答が約3割、「現役世代・高齢者ともに負担増はやむなし」という「痛み分け」的な考え方を含めると4割以上に達します。この割合が「65歳以上」と「29歳以下」でほぼ同じというのも興味深い点です。

つまり、国民の多くは「現役世代か、高齢者か」という二者択一的な施策に対する「迷い」が強いわけです。こうしたデリケートな国民感情に配慮できるかどうか。新型コロナ禍の経済事情も含め、このあたりが今後の施策の中心的な課題になるのかもしれません。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。