社会保障審議会・介護保険部会で、取りまとめに向けた議論が始まりました。11月5日に示された前半部分の取りまとめ案から、「地域共生社会の実現」の中の「認知症施策の推進」について取り上げます。先のニュース解説で述べた「要介護1・2の一部サービスの総合事業への移行」にもかかわるテーマです。
地域支援事業は認知症の増加を支えられるか
令和5(2023)年度予算の編成等に関する建議を見る限り、財務省側は「要介護1・2の訪問・通所介護の地域支援事業(総合事業)への移行」の実現を依然として強く求めています。これに対し、前回ニュース解説では、要介護1・2の人の「認知症日常生活自立度Ⅲ以上」の割合等を取り上げ、「専門性の高いサービスの注力は不可欠」と述べました。
仮に財務省側の提案が見送られるとしても、その次の見直し時期(2027年度)に向けて、さらに強い姿勢で実現を迫ってくることは確実でしょう。そこで問われるのは、地域において「認知症のBPSD悪化等」に対応する受け皿がきちんと整うのかという点です。
全自治体において、地域支援事業(包括的支援事業)である認知症総合支援事業のあり方が強く問われるのは間違いありません。そのうえで、認知症高齢者の増加に対し、地域支援事業で支え切れないとなれば、やはり介護保険サービスの位置づけが重要となります。
要介護1・2の一部サービスを総合事業に移すのであれば、上記の認知症施策をめぐる地域支援事業と介護保険給付のそれぞれの機能・役割について、国としてのビジョンをしっかり定めることが欠かせないはずです。
認知症施策推進大綱の目標進ちょくの現状
上記の課題を頭に入れたうえで、今回の介護保険部会の取りまとめ案(認知症施策の推進)を読んでみましょう。
まず、認知症施策の推進にかかる現状ですが、「本年(2022年)は認知症施策推進大綱の中間年にあたるため、認知症施策推進関係閣僚会議のもとに設置された有識者会議等において、施策の各目標の進ちょく確認を行なっている」としています。
この有識者会議における「目標の進ちょく確認」については、2022年10月に行なわれています。認知症施策推進大綱で示されたさまざまな施策目標(目標最終年は2025年)に対し、3年目の2022年6月時点で、どこまで達成できているかを確認するものです。
指標としては、「2025年の目標をすでに達成しているもの」を「S」評価とし、「3年目(2022年)の達成状況」が「100%以上」で「A」、「60~100%未満」で「B」、「60%未満」で「C」。以下、目標年度がすでに過ぎている項目(2020年度末などでの設定)で目標値に達していないものは「未達成」としています。
「未達成」となっている項目を取り上げると
目標内では、地域支援事業(認知症総合支援事業)の枠内に入るものとして、たとえば「認知症カフェの設置数」があります。当初の目標は「2020年度末までに全市町村に普及」でしたが、2021年度末の時点で普及率は88.4%と「未達成」評価になっています。
また、認知症疾患医療センターの設置数は、「2020年度末までに二次医療圏ごとに1か所以上」の目標がやはり「未達成」。認知症初期集中支援チームの訪問実人数を「2025年までに全国で年間4万件」という目標については、「C」評価となっています。後者はコロナ禍の影響が大きいのですが、BPSD悪化下での本人・家族の生活状況把握の重要性という点からも評価の低さが気になります。
たとえば、先の認知症カフェの場合でも、本人・家族の訴えへの傾聴、状況の把握という機能も期待されます。もちろん、全体としての機能強化は道半ばとしても、それ以前に「普及率」が「未達成」では、全国一律で認知症の人とその家族を支えるための底上げには、まだ時間がかかるでしょう。
介護保険をめぐる大綱への手厳しい評価も
こうした状況を踏まえたうえで、介護保険部会の取りまとめ案では「進ちょく状況が低調な項目については対応策を検討」しつつ、大綱のかかげる「施策を推進していくことが適当である」としています。
しかし、ここには介護給付サービスでの専門職による、早期発見や日常的な実態把握、さらには適切なケアマネジメント等を通じてのさらなるサービス調整──といった、介護保険の役割が明記されていません。
ちなみに、先の有識者会議では、認知症の人と家族の会が意見書を提出しています。その中で、大綱そのものに対し、「『共生』の理念を支える施策として中心的役割を果たしてきた介護保険制度について、その評価や課題、問題点にまったく触れられておらず、認知症とともに生きる本人や家族が直面している切実な生活課題や介護の不安に応えるものとなっていない」と厳しい評価を示しています。
訪問・通所介護をはじめ、介護保険サービスが認知症の人の支援の中で「果たしてきた」そして「現在も果たしている」役割を明確にしないまま、その機能の一部を「道半ば」である地域支援事業に移すというのは、国の施策設計として不十分と言わざるをえません。
少なくとも、認知症にかかる総合支援は「介護保険なくして成り立たない」という理念を、改めて改正法に盛り込む必要があります。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。