新薬承認後の認知症ケアはどうなる? 「医療とケア」両輪の充実が大原則

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早期アルツハイマー病への適応を目指す新薬「レカネマブ」について、厚労省への新薬承認の申請が行われました。すでに米国では、迅速承認がなされています。今回の新薬が仮に日本で承認されたとして、認知症のケアのあり方にどのような影響がおよぶでしょうか。

新薬「レカネマブ」の特徴を改めて確認

今回の新薬「レカネマブ」は、アルツハイマー病にかかる疾患修飾薬とされています。疾患修飾薬というのは、疾患の原因物質に直接作用するもの。アルツハイマー病は、脳内でのアミロイドβというタンパク質の蓄積が原因と言われます。このアミロイドβの蓄積に直接作用するという点で、「レカネマブ」は疾患修飾薬とされているわけです。

これに対し、原因物質に直接作用しないが、症状の悪化などを改善する働きがある薬を症状改善薬といいます。認知症に関しては、すでに処方が進んでいる「アリセプト」などがこれにあたります。ただし、原因物質(アミロイドβの蓄積)に直接作用するわけではなく、あくまで脳内の情報伝達をサポートしながら中核症状の進行を緩やかにするものです。

前者と後者では、明らかに作用の仕方や予想される有効性は異なります。仮に今回の新薬で期待されている通りの効果が発揮された場合、本人にとっては、それまで「していた・できていた生活」の継続性が大きく高まる可能性が高まるでしょう。本人はもちろん、家族にとっても期待は膨らみます。

米国において「迅速承認」はなされたが…

問題は、この新薬について「承認申請」は行われましたが、果たして順調に「承認」に至るのかどうかです。米国で「迅速承認」がなされたわけですが、一方で「フル承認」についてはまだ申請が行われた段階です。

前者の「迅速承認」が、「重篤もしくは生命を脅かすような疾患」を対象に、有用性が予測できるような評価項目にもとづいて「迅速」に承認されます。これに対し、後者の「フル承認」は、「迅速承認」の要件でもある臨床試験の結果を検証したうえで、本当に有用性があるのかどうかを精査する過程がとられます。

開発側のリリースでは、フル承認の申請に際して、承認のための評価項目上で有意な結果が出たとしています(すでにアルツハイマー病臨床試験会議や学術専門誌で発表済み)。これを見ると、米国でのフル承認、そして日本(さらには申請済みの欧州)でも承認される期待は高まっていると言えそうです。

日本国内での早期承認は本当に可能なのか

ただし、忘れてならないのは、2021年6月にやはり米国で迅速承認された新薬「アデュカヌマブ」の件です。この新薬も、やはりアルツハイマー病の原因とされる「アミロイドβを減少させる効果」が期待されたものです。記憶されている人も多いでしょう。

その後、今回の「レカネマブ」と同様に日本と欧州でも承認申請が行われましたが、日本では同年12月に厚労省の薬事・食品衛生審議会で「本時点で得られたデータから、本剤の有効性を明確に判断することは困難」であるとして、「継続審議」が決定しています。また、欧州でも、同月にEUの規制当局が承認申請に対する否定的見解を採択しました。

厚労省側の審議では、「本剤の投与によって、脳内の浮腫や出血などが見られる」という副作用も議論の対象となりました。こうした点から、開発者に対して追加データを求めることになったわけです。医療・介護関係者はもとより、当事者からも期待の声が上がっていただけに落胆された人もいるでしょう。

こうした過去のケースを見ても、今回の「レカネマブ」も順調に承認に至るのか、開発側の有効データが揃っているとはいえ楽観はできません。その点は、介護や医療の現場でも頭に入れておきたいものです。

承認された場合の「介護現場への影響」は?

上記のことを前提としたうえで、仮に日本での承認が実現した場合、たとえば介護現場にはどのような影響がおよぶでしょうか。

まず押さえたいのは、厚労省の薬事・食品衛生審議会が迅速に開催されるとして、これは2024年度の介護・診療報酬のダブル改定に向けた審議と同時並行となる可能性があることです。その際、認知症ケア・医療をめぐる議論に影響を与えることが考えられます。

たとえば、「レカネマブ」が処方された人の中核症状の進行抑制が期待されるとして、介護現場等の認知症ケアのあり方(利用者への配慮の変化など)がどうあるべきか──が論点として浮上するかもしれません。「していた・できていた生活」の回復が目覚ましければ、現場における課題分析や目標設定のあり方への留意点が議論される可能性もあります。

注意したいのは、新薬の処方によって、利用者全体の認知症日常生活自立度が「改善するする」という(臨床・検証データからの)予測が持ち上がった時です。これが「現場のケア負担が軽減される」という解釈にすり替えられると、「介護報酬の引下げ」に向けた根拠として扱われる懸念も生じるでしょう。

今回の新薬は、臨床試験においてあくまで(MCIを含む)軽度の認知症の人が対象とされました。BPSDも悪化した中重度の人について、どこまで効果があるのかは不明です。また、仮に軽度の人の中核症状の進行を抑えるとしても、経過観察を含めた「ケアとの両輪」が築かれなければ、新薬が本人の生活に与える効果は十分に発揮されないでしょう。

認知症ケアは、「新薬ができたから軽減される」ものではありません。こうした誤った議論が浮上しないように注意したいものです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。