「異次元の少子化対策」をかかげる政府が、今後の必要な政策強化の内容を検討する「こども未来戦略会議」をスタートさせました。同会議で示された試案を見ると、今後の介護施策との兼ね合いがどうなるのかについて、さまざまな課題も浮かんできます。
政府がかかげる「75年ぶりの基準改善」
介護現場で働く人々がまず注目するのは、「すべてのこども・子育て世帯を対象とするサービスの拡充」での「幼児教育・保育の質の向上」ではないでしょうか。
示されたテーマは「75年ぶりの配置基準改善とさらなる処遇改善」です。たとえば、1歳児保育の配置基準を6対1から5対1へ、4・5歳児については30対1から25対1への改善を検討するというものです。処遇改善についても、民間給与動向を踏まえた保育士等のさらなる処遇改善を目指すとしています。
配置基準については、保育現場から長年にわたって「保育士1人あたりが担当する子どもの数を減らすべき」という主張が出ていました。これにようやく応える流れとなったわけですが、現場からは「上記の改善案ではまだ厳しい」という声も聞かれます。
一方、保育と同様に不可欠な社会資源を支える介護現場としては、複雑な思いがあるのではないでしょうか。というのは、介護分野では「人員配置基準の緩和」という逆の流れが加速しつつあるからです。
内閣府が設置する2つの会議での「真逆」
いみじくも、上記の試案では「配置基準を厚くすること」を「改善」と明記しています。では、「緩和」することは「改悪」なのか──という思いは当然浮かぶでしょう。
もちろん、介護保険制度の見直しに向けた議論では、「緩和=改悪」などという言葉は出てきません。しかし、同じ不可欠な社会資源を支える立場として、「扱いに差があり過ぎるのでは」という思いは付きまといがちです。
確かに、急速に進みつつある介護の担い手不足の中では、制度の持続可能性を高めるための1つの方策として「人員配置基準の緩和」は(賛否は当然あるものの)浮上しやすい論点です。しかも、それを内閣府の規制改革推進会議等が提言している点で、政府の主要なビジョンと位置づけています。
ただし、「担い手不足」という状況は保育分野も同じです。そのうえで、いずれも内閣府が設置する会議内で「真逆」の施策が打ち出されるとなれば、「改善」が期待される保育現場はどう受け止めるでしょうか。
子どもを産み育てる介護職はどう思うか?
現状の少子化は危機的状況であり、保育現場の事故等も増える中で「安心して子どもを産み育てる」ための環境づくりとして、優先的・重点的に取り組むべき課題である──というのは分かります。しかし、「子どもを産み育てる」ための「安心」は、社会保障全般が整っていてこそ底上げされるものです。
ピンポイントで優先されるべき施策から着手するというのであれば、少なくとも同じ社会保障分野の中で「真逆」となるビジョンを(しかも同時並行で)示すことは避けるべきではないでしょうか。そうでないと、「この改善案が実現しても、その先がどこまで期待できるのか」について国民の疑念は生じやすくなります。結果として、せっかく打ち出された施策効果を妨げる要因になりかねません。
具体的な話をするなら、介護現場で働く人の多くも結婚・出産を考え、実際に子どもを産み育てている人もたくさんいます。そうした人にとって、仕事も子育ても同じ「生活」という枠の中で連続しています。
仮に介護施策の動向によって、自身の職業生活に不安(収入減や業務負担増など)が生じれば、出産・育児の手当等が引き上げられても、その効果は限られてしまいます。
問題は介護従事者だけでなく、たとえば出産年齢が上がる中で目立ち始めている「育児と介護のダブルケア」も同様です。育児の安心確保の代わりに地域の介護資源が不安になるというのでは、意味をなしません。
必要なのは、社会保障全体の底上げでは?
たとえば、認知症施策では、「認知症の人が暮らしやすい社会は、すべての人が暮らしやすい社会につながる」というビジョンがよく語られます。「認知症の人は暮らしやすくなったが、支え手にとっては暮らしにくさが増した」というのでは、結局は認知症の人にとってもよりよい社会とはならないでしょう。
国が打ち出す「全世代対応型」の社会保障とは、「こちらを削ってこちらを厚くする」という均衡の問題なのでしょうか。確かに全体の財源は限られるので「配分」の方法も論点とはなりますが、今回のように「真逆」とも言えるビジョンが同時並行で出てくるとなれば、世代・職業・制度間でさまざまなひずみを生み出すことになりかねません。
すでに後期高齢者医療制度で、出産・育児一時金への支援が法案化され、今後もこうした制度間の「支援」が政策上で浮上する可能性が囁かれています。それ自体の良し悪しは別して、これを実現するには国民の納得をきちんと醸成することが必要です。少なくとも、上記で述べた世代・職業・制度間のひずみが生じないような最大限の配慮が求められます。
先に述べたように、少子化対策の本筋は「社会保障全体の底上げ」にあるはず。そこに大きな溝を作ることは、安心して子どもを産み育てる環境とは「真逆」ではないでしょうか。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。