
厚労省より、2021年度の介護保険事業状況報告が公表されています。コロナ禍での「サービス控え・停止」が続いていた時期なのでさまざまな注意が必要ですが、今後の介護保険のあり方を探るうえでのヒントを探ることができます。ポイントはどこにあるでしょうか。
被保険者増と比較して保険ニーズ拡大が顕著
今回の状況報告で顕著に見られるのが、第1号被保険者の内訳の変化です。第1号被保険者全体では、対前年度末比で0.3%の伸びですが、65~74歳のいわゆる前期高齢者は31万人減のマイナス1.8%。逆に、75歳以上のいわゆる後期高齢者は40.8万人増のプラス2.2%となっています。
第1号被保険者における前期高齢者と後期高齢者の数が逆転した(後期高齢者の方が多くなった)のは、2018年度です。その時の前者と後者の差が約66万人で、今回の2021年度報告では約153万人ですから、3年で2.3倍開いたことになります。今後、団塊世代が続々と75歳以上となる中で、両者の開きはさらに大きくなるでしょう。
被保険者の中心が後期高齢者となれば、被保険者に対する介護保険の利用ニーズも当然高くなります。今回のデータを見ても、第1号被保険者数の伸びが0.3%に対し、要介護・要支援認定者数が1.1%増、サービス受給者数は2.4%増という具合に、被保険者数に対してニーズの増加が目立っています。
「持病の悪化を防ぐ」ためのミッション強化
では、高まっていくサービス利用ニーズの内訳はどうなっていくのでしょうか。75歳以上が中心となる中では、サービス提供に際して「持病の悪化をいかに防ぎ、入院(再入院)リスクを軽減するか」という点が、今まで以上に問われてくるのは確実でしょう。
たとえば、認知症ケアにおいても、持病の管理がBPSDの改善にどのように関わるかといった視点がますます問われます。機能訓練を通じた可動域の改善等に向けても、利用者の筋力向上だけでなく、持病の悪化防止を改善のカギとする思考がより重視されそうです。
そうした時代に、制度上のあり方としては、持病の悪化防止に向けた対医療連携が重点化の1つとなります。次期改定でも、現場の介護職の「利用者の持病を左右する要因」への気づきを、いかに早期に医療につなげていくかという部分の評価が手厚くなるはずです。
基本報酬を引き上げるにしても、そうした対医療連携にかかる実務が整っているかどうかを問う流れが強まりそうです。たとえば、運営基準上で「利用者の病状把握と、その悪化防止に資する生活環境改善」にかかる計画作成などを求める案が出るかもしれません。
医療費の動向に見る75歳以上の「受診控え」
問題なのは、コロナ禍における「受診控え」などで、介護現場がどんなにスキルを向上させても、それを上回る持病悪化等のリスクが高まっていることです。その傾向はいまだ続いている可能性があることが、2022年度の医療費の動向データからもうかがえます。
データによれば、2022の医療費の伸び率は4.0%と、コロナ禍前の2017~2019年度の0.8~2.4%を大きく上回っています。「これだけ伸びているなら、『受診控え』はもう起きていないのでは」と思われるかもしれません。
しかし、より重度化しやすい75歳以上の医療費の伸びは1.8%で、75歳未満(未就学児を除く)の4.0%、未就学児の10.9%を大きく下回っています。1人あたりの受診延べ日数に至ってはマイナスとなっています。
ちなみに、未就学児の医療費の伸び率の大きさは、自治体による医療費助成などが活発になった影響が指摘されます。ただし、もともと子どもの医療費は、医療費全体から見るとわずかなので、伸び率の大きさは少子化対策の観点から適正と言っていいでしょう。
とはいえ、75歳以上の「受診延べ日数のマイナス」は無視できません。これは、コロナ禍だけでなく、2022年10月からの後期高齢者の医療費窓口負担が引き上げられたことも背景にありそうです。それまで「過剰」だった通院等が「適正化された」という考え方もあるでしょうが、本人判断で「通院を止める」という動きがあるとすれば、やはり病状の悪化につながるリスクは高くなります。
一歩先の安心のために予算を投じるのは今
潜在的に高まったリスクが「病状悪化や新たな急性期症状」として表に出てくるまでにタイムラグが生じるケースもあります。疾患によっては、急速な気温変化や新型コロナの再流行(新型コロナでは、心疾患などの持病が悪化することもある)など、その時々の状況変化が大きく影響することもあるでしょう。
つまり、2022年度のデータでは反映されない「医療費・介護費の状況」が、今後のデータではっきり現れる可能性にも注意しなければなりません。介護保険等の財政状況が悪化すると、その時々で調整(報酬引下げ等)が行われがちですが、潜在的に蓄積しているリスクを膨らませる危険もあるわけです。
ケアマネをはじめ、現場の従事者としては、「今は小康状態」の利用者でも、通院抑制などで十分な療養管理が行われていない可能性に常に注意しなければなりません。
たとえば、心疾患等の悪化による意識混濁から「転倒・転落」などの事故に結びつくこともあります。国は介護事故防止のための体制強化なども議論していますが、事故増加等の遠因が少し前の状況にある可能性も振り返りつつ、一歩先の安心のために、あえて予算を投じるという発想が求められています。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。