介護現場のデジタル改革には何が必要? カギは現場が順応しやすい環境づくり

政府が人口減少社会への対応として、デジタル技術の活用による社会改革を目指しています。ICT等のデジタル技術の活用といえば、介護現場も主たるターゲットです。現場従事者が真に働きやすいデジタル技術の導入には、どのような道筋が求められるのでしょうか。

内閣府・デジタル行政改革会議の位置づけ

デジタル技術を活用した社会改革に向け、内閣府でデジタル行政改革会議がスタートしました。デジタル社会の構築に向けた会合といえば、デジタル庁によって推進されていたデジタル社会推進会議やデジタル臨時行政調査会(デジタル臨調)などが思い起こされるでしょう。今回は、内閣総理大臣を議長に、より「司令塔」の役割を強めています。

「司令塔」的役割となれば、大規模な法案作成も予想されます。2024年度改定では、規制改革などにかかる工程表に基づいて、審議会で具体策を練るという流れになっています。対して、デジタル改革関連の新法案が出されるとなれば、法律面から業務上のデジタル活用を求める規定が誕生することになります。

仮に、業務上のデジタル活用を「運営基準上で義務づける」ような動きが出てくれば、ICT活用等を加算や基準緩和の要件とするといったレベルを超えるインパクトが生じます。2024年度改定での反映は間に合わなくても、2027年度改定で大きな動きが生じる可能性を頭に入れておく必要があります。

デジタル技術活用の加速化に向けた視点とは

さて、同会議の取組み方針では、介護に関する課題として「デジタル技術の活用の遅れ」が指摘されました。これを加速するうえで、(1)ICT導入支援、(2)介護報酬・人員配置、(3)運営の協働化・大規模化、(4)伴走支援、(5)人材育成などが方向性として示されています。

いずれも、すでに2023年の法改正で取組み強化が図られたり、2024年度の介護報酬・基準改定等で検討中のテーマです。(1)のように、複数年度にわたってICT導入支援事業の拡充が図られるなど、取組みが進行しているものもあります。そうした中では、一連の方向性は新鮮さにやや欠けるかもしれません。

一点注目したいのが、(5)の人材育成です。現状では、現場におけるデジタル活用に秀でた人材の育成といえば、各事業所・施設が自前で育成したり、民間および自治体によるセミナー参加などのレベルにとどまっています。介護保険制度全体を通じて、国の主導で体系的にデジタル人材を育成するといった余地はまだまだ残されているといえます。

ただし、「人材育成」だけでは足りない点も

少し前から、デジタル技術を活用しながら介護現場のサービスの質向上や業務の効率化を図るといったスキルを身に着ける資格が登場しています。また、日本介護福祉士会が強く推す新たなキャリアステップのしくみとして認定介護福祉士があります。今後、この育成カリキュラムで、デジタル技術の活用も視野に入る可能性もあるでしょう。

これらはあくまで民間資格ですが、今後は、こうした資格取得者の配置をサービス提供体制強化加算などの要件に含めていくといった議論が出てくるかもしれません。また、介護福祉士の実務者研修のカリキュラム内でも、デジタル技術の活用を進めるスキルを学ぶ機会を設けるというやり方も考えられます。

ただし、いくら「人材」だけを育成しても、その「人材」が活躍できる環境が整っていなければ効果は上がりません。そもそも、デジタル技術が「現場の働きやすさ」とともに、「利用者の自立支援・重度化防止や尊厳保持」に結びついているのどうか。この点を、現場の従事者や利用者・家族が実感できる機会を整えていくことが不可欠です。「デジタル技術の導入」そのものを目的とする流れでは、改革の果実は現場にまで行き渡りません。

現場が実践前に創意工夫できる機会と場を

以前、北欧デンマークの「デジタル技術を活用した高齢者ケア」にかかる白書を読んだことがあります。その中に、興味深い取組みが紹介されています。それは、専門職が現場で新たなデジタル技術によるケアを実践する前に、身近なラボ(研究室)で実際にそれを試す機会が与えられているというものです。

そこで従事者同士が利用者の立場になったり、VR(仮想現実)やロボットを用いて、新たなデジタル機器の活用訓練を行なうことが考えられます。従事者同士で試行錯誤を繰り返し、実践に向けてチームの中に何が足りないのかを話し合うこともできるでしょう。時には、希望する利用者・家族にデジタル技術の効果を「体感」してもらうこともできます。

そこで従事者同士が利用者の立場になったり、VR(仮想現実)やロボットを用いて、新たなデジタル機器の活用訓練を行なうことが考えられます。従事者同士で試行錯誤を繰り返し、実践に向けてチームの中に何が足りないのかを話し合うこともできるでしょう。時には、希望する利用者・家族にデジタル技術の効果を「体感」してもらうこともできます。デジタル技術の活用を鼓舞して、あとは現場にお任せ──ではなく、従事者・利用者が実感を伴って取り入れられる機会を国が保障すること。事業者には、従事者の学習機会を勤務時間に組み込めるだけの報酬を設定すること。真剣にデジタル社会改革を目指すのなら、こうした環境づくりが前提といえます。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。