改定率+1.59%という数字で浮かぶ、 国民との信頼をつなぐ回路の弱さ

2024年度の介護報酬の改定率が、同年度予算の大臣折衝を経て+1.59%と決まりました。プラス改定とはなったものの、厳しい数字と受け止める声もあります。社会保障上のさまざま課題に直面せざるを得ない今、この「1.59」という数字が示す意味について考えます。

1%超のプラス改定を成果と見るかどうか

厚労省は、処遇改善加算の一本化による賃上げ効果や、光熱水費の基準費用額の増額による介護施設の増収効果を勘案すれば実質+2.04%としています。とはいえ、2022年の物価上昇率が3%を超える点を考えると、その差は歴然としていると言わざるをえません。

もちろん、厚労省としても「非常に厳しい折衝」であったことは事実でしょう。未来を見すえた時、団塊ジュニアの高齢化や若年の担い手不足がますます顕著となる中で、1%を超えてプラス改定が実現されたのは、大きな成果と見る向きもあります。

しかしながら、仮に未来を見すえた改定だとしても、現状の介護現場という土台が揺らいでは、後に続く現場の財産を残すことはできません。「今がなければ未来もない」という課題が突きつけられているわけです。では、今回の改定率は、未来に続く土台に資するものなったのか──これが問われます。

未来への土台が揺らぐ中での「バランス重視」

介護費用の大幅な増大を求める声が上がると、必ず出てくるのが「被保険者の保険料負担が増大する」という話、そして「そのまま費用の増大が固定化されると、将来に向けて現役世代の負担も増大する」という考え方です。結果、介護現場の人員不足がどんなに加速しようが、地域でサービス資源が足りなくなろうが、被保険者やその後の世代の負担を抑えることとのバランスが重視されます。

しかし、政策的なバランスを重視しながら予算の配分を図るというだけでは、先に述べたように、未来に向けた土台も揺らぎかねません。「保険あってサービスなし」という事態が訪れるわけです。そうなれば、将来世代が「自分の親や配偶者、そして自分自身の老後の安心が保てない」という状況に陥ります。

ここで必要となるのが、その時々の予算上のバランスではなく、国民の介護の土台を守るために「今、お金をかけるべきはしっかりかける」という集中化です。たとえば、介護従事者の処遇を全産業平均にまで一気に引き上げるとなれば、瞬間的には25%増という途方もない数字にはなります。しかし、国の重点政策として、期中改定を含めて数年単位で実現するといった道筋は描けるでしょう。

国への信頼が薄いと「誰が損する?」の話に

問題は、「そこまで引き上げるとなった場合、介護が国民的課題であるとしても、それをまかなうだけの保険料上昇を国民が受け入れるのは困難」であることです。これを解決するには、「そもそも介護を社会保険制度まかなうべきものなのか」という根本的な改革に踏み出せるかどうかが問われてきます。

その場合、公費でまかなう割合を増やすとなれば、所得税、法人税、消費税などあらゆる税制の見直しが必要となります。ここまで踏み込むとなれば、「国民による国への信頼」がきちんと築かれていなければなりません。

具体的には、「この改革を行なうことで、将来に向けて介護に困らないだけの潤沢なサービス量が確保される」という信頼があるかどうかです。また、現場で働く側から見たときに、「この改革なら、介護業界で働き続けたいし、新たに参画する人材が確実に増える」という期待が持てるかどうかも問われます。

この信頼や期待が確固としていなければ、先の税制見直しも「誰が損するか」だけが議論の中心になりかねません。これでは、「全体のバランスをとること」が再びゴールの対象となり、「誰も納得しない」⇒「国への信頼はさらに揺らぐ」という悪循環となるでしょう。

2024年度改定に求められていた位置づけ

振り返ってみれば、2006年度や2015年度の大幅な報酬引下げにより、介護現場は「職員の犠牲的な精神」に頼らざるを得ないケースが一気に広がりました。その中で、(バランス重視による)ツギハギ的な処遇改善加算を積み重ねても、現場の揺らぎは止まりません。

そこに2020年からの新型コロナの感染拡大が生じたわけで、現場が限界を超えることの決定打になったといえます。「必要なサービスを受けられない」という国民側の不利益も増大し、介護離職も再び上昇傾向に入っています。国民にとって「コロナ禍だから仕方ない」という心情はあったにせよ、制度への信頼、制度を構築する国への信頼は、水面下で大きく崩れていたと言えるでしょう。

そうした状況を考えれば、2024年度改定は「崩れ去った制度への信頼という土台」を一から立て直すという位置づけだったはずです。しかし、今回も依然として「バランス優先」という色合いが目立ちます。たとえば、今改定を機に現場の離職率の上昇は加速しかねません。若い世代の介護業界への参画意欲も、残念ながらしぼむ一途かと思われます。

国は、介護現場の魅力発信に多くの予算を投入してきました。中には注目すべき取組みも多々見られます。しかし、これらも土台となる制度への信頼が確保されてこそ、効果を発揮するものです。家の土台が揺らいでいるのに、表側の補強だけを行なっても限界はあります。今回の改定率も、「表側の補強」に過ぎないのではないか。その間に土台はどんどん崩れているのでは……。そんな危機感が業界全体にじわじわと押し寄せそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。