一昨年度の従事者による虐待事案の急増。 前回改定の虐待防止強化は機能している?

高齢者虐待防止法等にもとづく対応状況等調査で、2022年度の結果が公表されました。注目は、養介護施設従事者等による虐待が、相談・通報件数、虐待判断件数ともに対前年度比15%超に増加したことです。高齢者虐待防止の取組みは効果を上げているのでしょうか。

コロナ禍2020年度は減少、そこからの急増

2022年度の相談・通報件数は2,795件、虐待判断件数は856件。5年前の2017年度との比較で、前者は約1.7倍、後者は約2.1倍となっています。特に気になるのが、2020年度からの伸びが著しくなっていることです。

ちなみに、コロナ禍初年度となる2020年度は、相談・通報件数、虐待判断件数ともに、対前年度比を下回りました。これについては、以下のような要因が指摘されていました。①サービスの利用休止等により、利用者と従事者の接点が少なくなったこと。②施設等での面会制限などが広範に行われ、家族等が虐待事案に気づく機会が縮小されたことなどです。

特に後者の要因については、面会制限などが緩和された後の反動による増加が懸念されていましたが、実際その通りになりました。ただし、急速な増加傾向が2022年度も続いたことで、「反動」にとどまらない「より構造的な問題」を考えざるを得なくなっています。

急増タイミングと重なる虐待防止規定の誕生

皮肉なことに、相談・通報件数、虐待判断件数ともに伸びが急化したタイミングでは、2021年度改定において、全サービスを対象とした「高齢者虐待の防止」の運営基準への組み込みが行われています。具体的には、虐待の発生・再発を防止するための委員会の定期開催、指針の整備、従事者への定期の研修実施、これらを実施する担当者の配置です。

これらの規定については、2024年3月末までの経過措置が設けられています。2024年度からは一部サービスを除き、実施していない場合の減算規定も設けられる予定です。

もっとも完全義務化の前とはいえ、少なくとも経過措置終了前に委員会や研修計画の立ち上げなどは、一定程度進められていると考えられます。にもかかわらず、従事者による虐待の事案増が著しくなっている点で、そもそもこの時の規定が虐待防止に向けて有効であったのかが問われかねません。

現場意識の高まり=通報・相談件数の上昇?

もちろん、施策側としては、「現場の意識が高まったことで、今まで現場で虐待と気づかなかったケースも表に出るようになった」という見解もあるでしょう。それにより、たとえば現場従事者からの相談・通報が増え、判断件数の底上げにもつながっているのではないか──という考え方です。

確かに、コロナ禍前の2019年度との比較で見ると、相談通報者のうち施設等の関係者の割合(複数回答)の推移は以下のようになっています。当該施設職員が23.8%⇒27.6%、当該施設管理者等15.2%⇒15.9%という具合です。一方、家族・親族の割合は、18.9%⇒15.5%と減少しています。通報者の中心が、「家族・親族」から「施設内の職員・管理者」に移りつつあるという点で、先の仮説を裏づけているという見方もできそうです。

また、「虐待の種別」ですが、2019年度と2022年度で割合を比較すると、心理的虐待が29.2%⇒33.0%と伸びています。一方で、身体的虐待は60.1%⇒57.6%と減少しています。

暴力的行為や法令に則っていない身体拘束などの「身体的虐待」に比べ、従事者の言動や態度が利用者の心理に影響を与えるという「心理的虐待」は、時として「気にはなるがスルー」してしまいがちです。それが「見逃されなくなった」という点で、現場の意識が高まっている証と見ることもできるでしょう。

現場実務の煩雑化で、尊厳確保が後回しに⁉

ただし、「現場の意識が高まって虐待事案が表に出やすくなった」とはいえ「従事者による虐待が発生している」のは事実です。自治体への通報事例が増えたことと、その発生・再発をいかに防ぐかについては、切り離して考えるべきでしょう。2021年度改定も、目的は虐待の発生・再発の防止にあるからです。

たとえば、今回の2022度調査を見ると、虐待があった施設等において、過去に「虐待や指導」があったという割合は48.4%と約半分に達しています。2019年度調査では30.9%ですから、2割近い伸びです。これを見ると、少なくとも「再発防止」の取組みが機能していない状況が浮かんできます。

となると、やはり先に述べた「構造的な問題」を考えざるを得ません。ここで「虐待の発生要因」の割合を見ると、2019年度と2022年度の比較で、比較的大きな割合のうちで伸びているのが、「虐待を助長する組織風土や職員間の関係の悪さ、管理体制等」(20.5%⇒22.5%)や「倫理観や理念の欠如」(11.6%⇒17.9%)です。前者は組織におけるマネジメントのあり方、後者は組織としての理念教育のあり方にかかわってくる問題です。

あくまで仮説ですが、制度によって「法令上でしなければならない業務」が煩雑化する中、介護業務の根っことなる利用者の尊厳確保などの理念の浸透が、組織内で「後回し」になっていないでしょうか。

もちろん、それだけで虐待が増えるわけでなく、ほとんどの従事者は自分なりに利用者の尊厳確保に真摯に取り組んでいます。しかし、虐待をリスクマネジメントととらえれば、従事者の心理を不安定にすることは、人間ですから「ついタガが外れる」リスクを高めかねません。制度自体が現場を追い詰めていないか、強い注意を寄せる必要があります。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。