
介護保険部会では、介護現場における事故や虐待・身体拘束の防止の推進策も議論されています。厚労省からは、事故報告書をケアの質向上に結びつけるフィードバックや不適切な身体拘束等を防ぐための規制強化の方向性なども示されました。ただし、現場にかかる新たな負担とのバランスには注意が必要です。
人員不足と事故発生等の関連について
介護事故防止に向けては、国や自治体が収集した情報をもとに、発生防止に有用な情報を介護現場にフィードバックする新たなシステム構築が提案されています。この新システムに向け、現状の事故報告書の様式においても、分析の観点にからの事項を充実させるといった改定が行われることになりそうです。
一方、不適切な身体拘束等を防ぐ方策としては、今年3月策定の「身体拘束廃止・防止の手引き」の周知を図るとしています。加えて、施設・居住系サービス等に適用される身体拘束等廃止未実施減算を、訪問・通所系サービスにも適用する案も示されました(運営基準上の原則禁止規定や緊急やむを得ない場合の記録義務規定はあり)。この減算範囲には、居宅介護支援も含まれる可能性があります。
このように、事故防止の実効性を上げ、身体拘束廃止の取組み強化を図る流れは、利用者の尊厳確保とQOL向上に向けては重要なテーマなのは事実でしょう。気になるのは、恒常的な人員不足による現場の疲弊が、事故防止に向けた集中力の低下や身体拘束となりうるケア(例.車いす操作が難しい人を、車いすに座らせたままブレーキをかけて放置するなど)を助長させる可能性です。
この「現場の疲弊の改善」にきちんと切り込まないと、事故報告上の分析強化や身体拘束廃止に向けた取組み強化の規定が、さらに現場負担を増し、逆効果につながりかねません。こうした「人員不足」と「事故発生および身体拘束の状況にかかる関係」についても、きちんと検証を積み重ねる必要があります。
現場従事者と家族とのコミュニケーション
なお、事故防止や身体拘束廃止に関しては、現場従事者と利用者・その家族との間のコミュニケーションにも注意する必要があります。
先だって、在宅で親の介護をしているという知人からこんな話を聞きました。「本人は自力での起居動作や座位・立位が難しく、寝たままベッドから降りようとして危うく転落しそうになった。そこで、担当ケアマネと福祉用具事業者に4点柵の設置をお願いしたところ、『それは身体拘束にあたるのでできない』と言われた」というものです。
家族としては「転落不安がある」ゆえに「仕方ないのでは」と訴えたのですが、「仮に転落してもダメージがないようクッション性の高いマットを敷く」という代案を受け、「規則が厳しいのなら仕方ない」と納得したそうです。
幸いその後(現状において)は「転落事象」はなく、本人のストレス軽減にもつながっていることが家族にも理解できたといいます。それでも、「(マットはあっても)家族から見てヒヤリとする」ケースはたびたびあり、その不安感から担当ケアマネに「本当に大丈夫か」とたびたび尋ねることもあるそうです。
現場従事者にとってのさまざまなストレス
この家族は性格が温厚で、担当ケアマネとの関係も比較的良好です。しかし、それでも不安感が蓄積するのですから、人によってはそれがストレスとなって、ケアマネ等に「何か起こったらどうするのか」といった不満をぶつけるケースも考えられます。
ケアマネ側からすると、こうした利用者への納得を得るためのコミュニケーションは時として大きな負担になるかもしれません。同様のケースで「家族の訴え」のまま、「緊急やむを得ないケース」として「ベッドを柵で囲む」といった対処を取る可能性もあります。
仮に、その対処が「行政の指導対象となるかもしれない」と感じれば、それもケアマネにとっては多大なストレスとなりかねません。
事故防止においても、こうした利用者家族とのやり取りが現場にとってのストレスとなりうるケースがいくつか想定されます。
本人・家族への「十分な説明」という理想論
たとえば、厚労省が11月に周知通知を出した「事故予防等に関するガイドライン」を読むと、未然防止策における「転倒ケース」において、「個別の転倒リスクの把握」に努めつつ「(介護施設等が生活の場である以上)『防ぐことが難しい転倒』があることを、本人・家族に対して十分に説明し、理解してもらうことが重要」と記されています。
言いたいことは分かりますし、現場の責任だけが問われるという風潮に一石を投じている意図も理解はできます。問題は、「本人・家族に十分に説明する」というのが、どうしても理想論になってしまいがちな点です。
その説明、つまり本人・家族の理解を得るためのコミュニケーションがどこまで取れるのか。現場の従事者に多大な負荷をかけるものになっていないのか。組織対応と簡単には言っても、先に述べたような人員不足が恒常化する中でどこまで可能なのか──こうした課題が常に付きまとうことになります。
事故防止も身体拘束廃止も、理想に向けて進化する一方で、従事者の負担の実情が置き去りにされないか。利用者・家族の理解を得るためには、国としても何らかの対応が必要ではないかという点が問われそうです。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。